奈落で待つもの

 当たり前の話だが、奈落に入ってすぐに罠のようなものがあったら通信で危険を外に伝えるだろう。それが無いということは、いきなり危険な目にあうわけではないと考えるのが妥当だ。ワイヤーを繋いで穴の下に降りるのはいいが、その後の行動方針をどうするかも考えなくてはならない。


「入口から少しずつ安全な道を作っていったらどうでしょう? 大天回教には『遠くの山を見て足元の小石に蹴躓けつまづく』という教えがあります。救援を急ぐ必要がないのだから、後々のことも考えて安全に探索できる範囲を広げていった方がいいと思います」


「堅実な策だね。賛成だ」


「ビーコンは緑色だし、オイラも賛成!」


 これまで堅実とは程遠い行動をしてきたミスティカ達だったが、今回は世界一危険と言われる遺構で、誰も帰ってきたことのないエリアへ赴くのだ。慎重すぎるほどに慎重なぐらいでちょうどいいだろうと考えた。


 カプテリオに向かう途中にあるキャンプはまた素通りだ。用もないのに治安の悪い場所を訪ねる必要がない。


 ドームに入ると、昨日作った足場を利用して下に降りていく。すぐにゴブリンが何機も襲ってきた。


「また出てきやがった! 昨日あれだけぶっ潰したのに、どこにこんな数残ってたんだ」


 面倒くさいので一気に吹き飛ばすことにしたホワイトが、シヴァの両手を胸の前で合わせる。合掌のポーズだ。次の瞬間、機体の各所から突き出している棘のようなパーツ達から猛烈な稲妻が放たれ、雷に打たれた無数のゴブリン達は機能を停止し穴の底へ落ちていった。シヴァの機体から伸びるいくつもの突起はただの飾りではなく、ナンディの角と同じようなものらしい。


「シヴァは雷神だって言っただろ?」


 得意げに言うと、そのまま足場を伝って下へ降りていく。ミスティカとクリオはただ感心しながら後について降りるだけだ。これまでのホワイトが全然本気を出していなかったという事実を、改めて見せつけられた。


「それにしても、あのゴブリンの数は異常だ。どう考えても元からいる数じゃない。これまでにも無数の発掘隊が戦ってきているはずだしな」


「そういえば、昨日の戦闘で破壊したガーディアンの残骸を回収していませんでしたね」


「あのまますぐに宿へ帰ったからな……待てよ、もしかしてあいつら仲間の残骸を回収して修理してるのか?」


 言われて思い出す。昨日も上部でゴブリンを破壊し、垂直通路の下へ落としたはずだ。それなのに底でゴブリンの残骸を見た覚えがない。集結地の連中が回収している可能性も無いことはないが、腕輪で所有権を管理している現代においてそれは考えにくい。エクスカベーター同士の信用問題にもなるからだ。


「あるいは、ガーディアンの生産プラントが存在する……とか」


「どういうこと?」


 ミスティカとホワイトの会話内容についていけていないクリオが、何を意味するのかと尋ねる。すると彼の予想とは違うところから返答がきた。


『ガーディアンや発掘隊のアルマを回収、リサイクルして新たなガーディアンを量産する工場がこの遺構に存在するんじゃないかって話ですよ。95%ぐらいの確率で存在するでしょう』


 ラタトスクが事も無げに語るが、クリオが二人の会話からピンと来なかったのも無理はない。これは前回の方舟とは比較にならないほどのとんでもない大発見の可能性を示唆しているのだ。


「ガーディアンは自律戦闘する無人の戦闘機械だ。それを作る技術は世界中の国家が何よりも欲しがっている。ガーディアンのコアが大騒ぎになったのもガーディアンを現代人が作れる可能性が生まれたからだぜ?」


「ガーディアンの生産プラントを発見し確保すれば、設定を変更して国に従順なガーディアンを量産できるかもしれません。恐ろしいことです」


『探しますか?』


「いや、俺達の目的は別にあるし探すなら別の機会にしよう」


「そうですね。そちらは奈落の上を調べている発掘隊に任せましょう。私個人の考えとしては見つからない方がいいのですが」


「なるようにしかならんさ」


 そんな会話をしつつ、奈落の入口に着いた。念のため昨日のゴブリンの残骸を探したが見つからなかったので、先ほど破壊したものをナンディの貨物庫に積んでおく。


「よっし、奈落に入ろうぜ!」


 緑色に点滅するビーコンを手に、クリオが元気よく二人を促した。集結地にいる商人達に話をし、ワイヤーを繋いで奈落の入口を開ける。


「見た目は普通のシャッターですね」


「そりゃそうさ、元々人間が生活していた船の通路なんだから」


 入り口を抜けて奈落の中へ。ここも上と同じような垂直の通路になっているのでタマが足場を作りながら降りていく。過去の発掘隊が降りていった形跡も多く残っており、足場も既に作成されたものがいくつもあった。恐ろしいガーディアンが襲ってくるということもなく、アリジゴクのような砂のすり鉢がある様子もない。しばらく降りると、横穴のようになっている通路があった地上付近と似たような状況だ。先人達も皆ここに入っていった形跡が残っている。


「さて、ここからだな。行くぞ!」


 そのままずっと下まで行くという手もあるが、帰ってこない発掘隊の救援も考えるとここを探索するべきだろう。タマを回収して三人で合図をし合い、問題の横穴へと突入するのだった。


「やあ、新しい仲間だね」


 横穴の通路に入ると、すぐに何者かが通信で話しかけてきた。確かに生存者がいたことに安堵する三人。相手は自分のIDデータを送信してきた。


「メルセナリア国軍……驚いたな、正規の軍人がこんなところにいるなんて」


 そう、話しかけてきた相手はこの国の軍人だった。三人の前に音も無く現れたクモ型のアルマから指向性通信で話を続ける。


「あはは、面目ないことに俺達もここに捕まっちまってね。ここから帰ろうとすると中央通路の下から物凄い速さで正体不明の生物が襲ってくるんだ。入るのはいいが出るのは許さないらしい」


「そんなものが……巨大化したプアリムでしょうか」


「アリジゴク説もあながち間違ってなかったってことかね。ここに来たエクスカベーター達はどうしてる?」


「ああ、この奥に集まってる場所があるんだ。地上付近にもあっただろ? エクスカベーターの交流所」


 あそこのような部屋がこちらにもあるという。それはそうだ、あそこのような部屋は上層にいくつもあった。下層にない方がおかしい。軍人の乗るアルマが通路の奥を示し、三人を進ませようとしたところで、クリオが口を開いた。


「ねえ、おじさん……どうして『アラネア』に乗っているの?」


 その手に持つビーコンには、リンクした機体との距離が示されている。距離5メートル。目の前にいるクモ型アルマの位置だ。


「アラネア? なんだそれ」


「昨日ここに突入したエクスカベーターのアルマだよ。クモ型で、音も無く動くんだ」


 クリオが操縦桿を強く握り、ラタトスクがファイティングポーズを取った。シヴァが腕から刃を出し、ナンディの角が発光する。


「……なんだぁ、せっかくのお楽しみ時間が台無しだぜ」


 男の声と同調するように、いくつもの人型アルマが天井から降ってきて三人の周りを取り囲んだ。

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