17 神の住まう領域へ立ち入る心得

「此処だ。この道を、移シ湯ノ神という存在を認知した上で会いに行くという意思の元歩けば、その住処へと足を踏み入れられる」


 旅館を出て温泉街を歩いていたところ、立ち止まり薄暗い路地を指さした秋葉がそう言う。


「此処が……普通にアクセスしやすい所にありますね。被害者というか生贄になる人の入口みたいなものは立入禁止の所にあるのに」


「その辺りも移シ湯ノ神が善神である一つの理由なんだろうな。今回のような間違いがおこらないよう、昔から目的がなければ人が足を踏み入れないようなところにそういう場を用意し、方や真っ当に自分に謁見しにくる人間には入りやすいように場を整えてある」


「この格好で歩きにくい所とか入りたくないっすからね。感謝感謝っすよ」


「……ま、あくまで入口が整備されているだけなんだけどな」


 秋葉は意味深にそう言った後、霞に問いかける。


「さて黒幻、同行する同業者に対して此処で一つテストだ」


「テスト?」


「この先は神の領域。謁見しやすいように場を整えてあるとは言ったものの、それでも人間が活動するのに適した環境にはなってねえ。だから俺達人間が足を踏み入れる際にはそれ相応の対策が必要になってくる訳だが……専門家のお前はどう対応する?」


 秋葉のそんな問いに、霞は即答した。


「秋葉さん、さっきも言ったが流行ってないとはいえ最低限の知識はあるよ私達は。自分が行動しやすい環境を維持する為に、自分の周囲に結界を張れば良いんだろう。こういう風に」


 そう言って霞は軽く手を振るう。

 すると彼女を中心に半透明の結界が展開された。


 話には聞いている、身を守る結界の一種。

 まだ自分にはできない技能。


 それを目にした秋葉は言う。


「そう、それで正解だ。どうやら心配なさそうだな」


「専門家だからね……っとしまった」


 そう言って霞は真に視線を向ける。


「私のこの結界はあくまで自分の周囲にしか張れない。いやまあくっついて行動すれば大丈夫だとは思うが……白瀬君大丈夫そうかな?」


「ああ、そういう事なら心配しなくて良い」


 秋葉は自信満々に言う。


「俺は他人の周りにもそういうのが張れる」


「……これが流行ってる専門家かぁ」


「まあまあ、これからっすよ」


 なにやら実力差に打ちのめされている霞を慰めている由香をよそに……まるで由香に霞の注意を引いてもらってから動いたようにこちらに一歩近づいた秋葉は、懐から札を取り出して小声で言う。


「白瀬、コイツを持っとけ。俺達は……専門家は基本、こういうのを使う」


 専門家は基本。

 その言葉はまるで、黒幻霞という専門家が基本から外れていると聞こえる言葉だった。

 そしてまさしくそういう意味で言葉を紡いだであろう秋葉は、真に札を渡しながら言う。


「……この先に進んでいる内に、俺や由香の言動とあの姉ちゃんとの言動とで齟齬が生まれるかも知れねえ」


「……」


「俺達も極力合わせる。お前も今はうまくやってくれ」


「……ええ」


 ……現状、白瀬真という見習いが知っている怪異の専門家はこの場にいる三名だけ。

 故に双方が主張する基本のどちらが正しいのかは分からない。

 事実この目で霞が起こす現象を見ている真からすれば、少なくとも霞の事を否定する事はできない。


 だが……少なくとも自分達よりも怪異の専門家としてうまく立ち回れている彼らが、霞の言動に大きな違和感を覚えているのも事実だった。

 それがつまりどういう事を意味するのか。


(まさか……黒幻さんが抱えている何かと関係があるのか?)


 それを含め、現状何も分からない。

 何が正しいのかも。


「ん? 二人共何をしているんだい?」


「ああ、白瀬に結界をな」


 彼らが霞に合わせようとしている理由も。


 それが何も分からないまま。

 軽視できる空気じゃない何かが宙ぶらりんになったまま。


 もはやどちらが本題と言っていいのかも分からなくなってきた、移シ湯ノ神の一件を解決する為に、先へと進む事になった。

 


 

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