16 専門家の戦い方
夜七時。
あの後しばらくしてから地元の素材をふんだんに使った夕食を頂いた。
「いやぁ、これだけ美味しい物が食べられたなら実質勝ちだねぇ」
「温泉旅行当ててる時点で負けは無いでしょ。福引か何かで当たったんですよね……いや、ちょっと待ってください。この前友達がパチンコ打ってたらくじ引けて電子レンジ当たったって言ってた気が…………黒幻さん、いくら負けたんですか?」
「……実質勝ちだよ。仕事も貰えている訳だし」
「…………そういう事にしてきますか」
夕食後、とにかくそんな怪異が関係無いところで不安になるような会話を交わしつつ向かったのは、秋葉達との集合場所。
温泉旅館のロビーだ。
「お、来たな」
「すまない。待たせただろうか」
「いや私らも今来たところっすよ」
そういう秋葉達も、そして自分達も、これから外で怪異を相手に行動するにも関わらず浴衣姿というリラックススタイルだ。
秋葉曰く、移シ湯ノ神を相手にする場合はこれが正装らしい。
神様を相手にするからといって、神事らしい服装で望むことが必ずしも正解とは限らないという事だ。
「で、善さん。二人に言わないといけない事あったっすよね」
「ああそうだそうだ」
「言わなきゃいけない事……ですか?」
「ああ。本当は此処に来て貰う前に言わねえといけねえ事だったんだけどよ。二度手間になるかもしれねえし」
そして秋葉は言う。
「これから被害者の救出作戦に臨む為に、俺達は神様に会いに行く訳だが……武器の類いは持ち込み厳禁だ」
「武器?」
「ああ。人様の家に謝りに行くのにナイフ構えて行ったんじゃ、それはもう戦争だろ? 神様相手も同じというか尚更よ」
「いや、それは何となくそうだなって思うんですけど……」
引っ掛かったのは、持ち込めない云々の話ではない。
「武器って……なんですか?」
先日の一件を思い返す。
あの時霞は怪異相手に、専門家特有の超能力のような力を使って言わば異能バトルのようなものを繰り広げていた。
怪異と直接戦うというイレギュラーな解決法はそうやって行うのだと、この目で見せられた。
それが当たり前だからこそ、あの場に同行した自分にも何も手渡されなかったのだろう。
素人でもあの場での生存率を上げられる、言わばゲームの装備品のような都合の良いアイテムなど存在しないから。
だからこそ、秋葉の言葉に引っ掛かった。
そして引っ掛かってるのは自分だけでは無い。
「そもそもいらないだろう武器なんて。銃刀法に引っ掛からないようなものを持っていったところで、怪異の前じゃ大した有効打にはならないだろうし。まあ銃とかでもあまり変わらないと思うけどね。私達専門家は基本、自分の体が武器みたいな物じゃないか」
霞もまた秋葉の言葉に違和感を覚えているようだ。
そして霞が違和感を覚えたという事は、やはり秋葉はどこかおかしい事を言っているのだろう。
事実、霞の戦いを見て分かったが、生半可な何かは戦いの邪魔になる。
それは黒幻探偵事務所よりも流行っているであろう、なんでも善ちゃんの二人なら。二人の実力なら尚更の筈だ。
そして自分達の言葉に反応したのは由香だ。
「えっと、黒幻さんそれってどういう──」
「あーそうだそうだ。そういう生半可なもの持ち込んでも仕方ねえし、より状況悪化するだろうから止めろよって話だ。いざという時は己の力でどうにかしようっつー訳。専門家の基本の確認だな」
由香の言葉に被せるようにして秋葉がそう言う。
まるでその先の事を由香に喋らせたら何かしらの不都合があるとでも言わんばかりに。
「確かにウチは流行ってはいないが、その位の事は分かるぞ秋葉さん」
「こりゃ失礼」
言いながら秋葉と目が合う。
その視線は、まるで今は何も言うなと訴えている様だった。
そしてそれを言葉を被せられた時に察したのか、由香もそれ以上何も言わない。
(なんだ……秋葉さんは一体何を考えてる?)
先程の由香の反応は、明らかに霞の主張に対し理解が及んでいない様子だった。
恐らく自分達よりも怪異の専門家として格上の彼女がだ。
そして霞は気付いていなさそうだが、明らかにわざとらしい秋葉の言動。
……それらはまるで霞の主張が間違っていて、それをあえて隠しているという風に感じ取れた。
だが素人目ではあるが、霞の戦いは実際に目にしている訳で。
(本当に一体何が……)
その辺が全く理解できないまま、真達は移シ湯の神の元へと向かう事にした。
きっと霞以外が、件の神様以外にも意識を向けながら。
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