15 人に憑く怪異の対処、その悪手について 下

「先に言っておくけどよ、これは別にビジネス的観点で言ってる訳じゃあねえからな」


「ええ、それは分かってます」


「ならいい……で、何故俺がお前に候補を教えないかという話だけどよ……中途半端な知識を持っている事が一番危ないからって事になる」


「中途半端な……知識」


「全部が全部そうとは言わねえが、怪異なんてのはある意味病気みてえなもんだよ。人に憑くタイプなら尚更人を蝕む病って感じだな」


 そう言った秋葉は一拍空けてから問いかける。


「白瀬、お前病気に掛かった時はどうするよ」


「どうするって……寝て治らなきゃ病院行きますね」


「そう、それが正解だな。だけど世の中案外その正解を取らないパターンってのも往々としてあるんだわ。その最悪なパターンが……中途半端な知識による決めつけだ」


 中途半端な知識による決めつけ。


「……自分で症状について調べて、勝手にどういう病気か判断するって事ですか?」


「そういう事。結果、ちゃんと医者に診て貰えば簡単に解決する筈だったのに、的はずれな処置を行ってしまい、病状を悪化させる事に繋がる」


「……ああ、じゃあ今回の件もそういう事ですか」


「お、分かったか?」


「ええ。確かに今、半端な知識を入れるのは良くない」


 秋葉がその候補をこちらに伝える事自体は容易いだろう。

 だけどそれはあくまで本人からのヒアリングも取らず、一度おかしな言動をみた上で、何も分かっていない真と話しただけの状態で導き出された候補だ。


 全くの的外れという可能性は往々にしてある。


 そして……霞本人に誰かに話してまで解決するという意思が無い以上、この一泊二日の温泉旅行で居合わせただけの秋葉達がまともな調査、もとい診察を行う事はできない筈で。


 多分此処でのこうした会話が最初で最後。

 何をやっても中途半端にしかならない。


 有ってるかどうかも分からない先入観をこちら側に植え付けるだけに留まってしまう。


 故に半端な情報を伝える事は悪手という事なのだろう。


「分かってくれりゃ良い。ほんと半端な情報で決めつけて動くのはマジで良くねえからよぉ。俺は昔それやって地毛が緑になった」


「……それ染めてるんじゃないんですか?」


「残念ながら。まあ今はトレードマークだけどよ」


 そう言って話を戻すように軽く咳払いしてから秋葉は続ける。


「まあとにかく、此処から先の話を聞きたきゃ後日渡した名刺の連絡先に連絡してくれ。既にこうして片足突っ込んでるんだ。格安で受けるぜ……ああ、結局こんな事言ってはいるけど、別にビジネスの話したかった訳じゃねえからな。マジでそれは本当だからな」


 どこか慌てた様子でそう言う秋葉。


「分かってますって。とにかくそれが必要になったら、その時はお願いします」


「おう……で、こっからは必要にならない為の、この手の怪異全般に対するアドバイスだ」


「この手のっていうと……人に憑く怪異のって事ですか?」


「ああ」


 頷いた後秋葉は続ける。


「今回あのねーちゃんは、お前にも事の詳細を話す事を拒んでいる訳だろ。そういうのは他の怪異に憑かれた場合でも起こりうる事だ。その理由が単にデリケートな内容だからって事ならそれまでだが、他にも話さない理由としていくつか考えられる可能性はある」


「怪異が防衛本能を働かせて、そういう思考に誘導しているから、とかですかね」


「お、いいところつくじゃねえか」


「そういう話をあの人としたので」


「……なるほど。あのねーちゃんもちゃんと専門家ではあるんだなこうして聞くと」


 一応褒められていると捉えて良いのだろうか?

 そう考える真に秋葉は言う。


「だがもう一歩先がある。防衛本能働かせてる可能性があるのは怪異だけじゃねえんだ」


「……人間、ですか?」


「そうだな。俺達人間……正確には怪異を知っている人間だ。何も知らねえ奴なら流されるだけだが、知っている側の人間は知っているが故に無意識に自分を守ろうとする傾向がある」


 つまり、と秋葉は言う。


「今回のケースに当て嵌めると、あのねーちゃんが自分を怪異から守る為に半ば無意識に誰かに話す事を拒んでいる可能性もあるって訳だ。停滞する事で怪異の進行を止めている、みたいな感じだな」


 だからこそと秋葉は言葉を紡ぐ。


「今回の件で無理矢理聞いていないなら大丈夫だとは思うけどよ、人に憑く怪異を相手取る時は慎重にな。解決に向かって進んでいるつもりが、被害者を崖から突き落とす事にもなりかねねえ」


「……肝に銘じておきます」


「おう。だからいざという時は同業者頼って意見聞く事も選択肢の一つだ……いけねえまたビジネストークになっちまった」


 そして苦笑いをしながら秋葉がそう言った所で。


「……ま、なんにせよこの話は此処までだな」


「ですね」


 二人がお手洗いから戻ってきたところでこの話は終わり。

 もしもこの話の続きを秋葉とする事があるとすれば……それはきっと良くない形で事が進んだ時なのでは無いかと思う。


 だからこの先が無いようにと、静かにそう願う事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る