11 黒幻探偵事務所となんでも善ちゃん

「ちょい、ちょいちょい、白瀬ちょいちょいちょい」


 秋葉がこちらにしか聞こえないような小さな声で話しかけてくる。


「な、なんです秋葉さん」


「いや、何って言うか……とんでもねえ美人さんじゃねえかよ。あの人と半分プライベートってお前……Congratulations」


「ど、どうも……」


 なんか祝われた。

 別にそういう仲ではないのだが。

 ……怪異の所為で自己肯定感が落ちている云々関係なしに、霞は自分のような人間には高嶺の花みたいな人だという事は間違いない訳だから、多分きっとなりようがないだろう。


 そんな事よりも。

 流石にそんな事よりも。


「そ、そんな事より秋葉さん。あの子は?」


「さっきも言ったけど助手だよ助手。あああと従妹だわ。それがどうした?」


「あ、そうですか」


「?」


 ……危なかった。

 多分高校生くらいの子だろうし、秋葉の風貌も相まってなんか若干犯罪臭がして気になってたなんて絶対に言えない。


「……いやちょっと待ってください。本当に従妹ですか?」


「ん、ああ、叔父さんの嫁さんがスウェーデンの人でな。ハーフなんだよアイツ。ぱっと見親戚感ねえよな」


「ああ、成程……そうですか」


「?」


 ……危なかった。

 一度踏み留まれたのに、再びアクセルを踏み抜くところだった。


 ……とにかくそんな微妙な空気をどうにかする為にも、購入したコーヒー牛乳を霞に手渡す為に合流する。


「はいどうぞ」


「ありがと。やっぱり外でお風呂入った後はこれだよね」


「同感っすね。そんな訳で善さんここはひとつ私にも!」


「自分で買えよお前は」


「黒幻さんと同じく私もお金部屋に置きっぱなしっすね!」


「後で返せよ」


「えーこの流れでっすか!? 白瀬さんは奢ってるのに!」


「他所は他所、ウチはウチだ」


 言いながら自販機に硬貨を入れ始める秋葉。

 そんな秋葉に視線を向けてから由香は、小さな声で真と霞に言う。


「でもあんな事言って、結局八割方奢ってくれるんすよ。まあ今日がその二割かもしれないっすけど」


「……二割は払わせるんだな」


「この前ゲームに課金し過ぎた時はあんまり助けてくれなかったっすね」


「それを今の二割に入れるのはちょっと酷だねぇ」


 寧ろあんまりという事は助け船を出している。


「それどころかあの時は滅茶苦茶怒られたっすね。怖かったぁ」


「凄いちゃんと保護者やってるねぇ……」


「ですね」


 ……改めて一瞬変な疑いを掛けそうになったのが申し訳なくなってくる。


(ほんと風貌以外はマジで善人寄りって感じだ。善次郎だけに)


 名は体を表すというが、本当にそんな感じである。


 と、そんなやり取りをしていた所に、秋葉がコーヒー牛乳を運んで来る。


「ほらよ」


「あざっす善さん」


 そしてそれを受け渡したところで由香が言う。


「しかしこんな偶然もあるもんなんすね。まさかこうして同業者の人と出会うなんて」


「ましてやグループ分かれていてほぼ同時ときた。漫画かよ」


「世の中狭いって奴ですね」


「まあ呼び寄せる何かが此処に有る以上、世界が広くても集まりはすると思うけどね」


 そして蓋を開け一口コーヒー牛乳を飲んだ由香が確認するように言う。


「で、こうして偶然顔合わせたのも何かの縁っすから、今回の仕事一緒にやる感じで良いっすよね」


「「……え?」」


 唐突に言われたそんな言葉に対し、秋葉と共にそんな間の抜けた声を出す。

 一緒に仕事……こちら側の話と違う。


 そして、霞が何も言わない辺り、そちらではそういう話で纏まっていたのかもしれない。


「いやぁ、申し訳ないかなって思ったんだけどね。私は勿論白瀬君も経験を積むチャンスだと思ってね。私があまりその機会を用意できていない以上、こういう時は貪欲になった方が良い」


「「……」」


「でもまあ一応相手は神様。私達が軽く想定していた相手よりはきっと随分格上だ。イレギュラーな事態が起きればきっと危険な事にはなる。だから私は行くけど、キミが行くかはキミが決めれば良い。そう思うけど……どうだろうか」


「「……」」


 気まずい。


(キミが決めれば良い。どうだろうか……じゃないですよ黒幻さん)


 心中で溜息を吐く。

 多分由香が勝手に話を進めてしまったのだろうが……とにかく、今回仕事を受け持ったなんでも善ちゃんの責任者は、隣で同じく無言になっている秋葉善次郎である。


「あ、あの、秋葉さん?」


 硬直している秋葉にそう声を掛けると、ようやく彼も口を開く。


「白瀬。さっきも話した通り、俺達同業者は戦友だ。そしてお前は積めるだけの経験を積めるだけ積むべきルーキーな訳だ。この機会も逃さずしっかり勉強するようになぁ」


 そして言葉と共に飛んで来る、申し訳ないけど話合わせて貰っても良いですかというようなアイコンタクト。


「え、ええ。よろしくお願いします」


「……良かった。その調子だとそっちでも話は付いていたようだね。いや実はもしかしてこっちで盛り上がっていただけじゃないかと……」


「ははは、そんな訳無いじゃないっすか黒幻さん」


「ははは……まあこうなった以上、しっかり糧にしろよ」


「ええ……色々とありがとうございます」


 ……どこの事務所も色々と大変なんだなぁと、そう思った。

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