10 時同じくして

「そういや白瀬よぉ」


「なんです秋葉さん」


 脱衣所を出た所で名刺交換を終え、その後コーヒー牛乳を購入し飲んでいたところで、同じくそうしていた秋葉が問いかけてくる。


「お前の口振りだと、今日は此処に一人で来たて訳じゃねんだよな」


「ええ。ウチの所長と来てます」


「へぇ……で、さっき俺は結構失礼な物言いをしちまった訳だけどよ、もしかしてその所長さんも結構若かったりすんのか。だったら今回の怪異の事にピンと来なくても仕方がねえって感じがするんだわ」


 ここぞとばかりに先程の失言にフォローを入れたい様子だが、もしその所長が若くなかったら追撃にしかならない気がする。

 とはいえ正解だ。


「あの人今21の筈ですね」


「なんだこれからどんどん吸収していくタイミングじゃねえかよ。若いなぁお前ん所の事務所」


「まあ若いのは否定しないですけど、秋葉さんも若いでしょ」


「二十代後半は若くねえよ。人間カルビよりハラミの方がうめえってなりだしたらもうおっさんかおばさんだ……お前今いくつだ」


「じゅ、19です」


「食える内に食っとけ。マジで突然来るぞ」


「あ、はい……」


「正直怪異相手にするより、カルビとかロースカツとかをバクバク食えなくなる事の方がよっぽどホラーなんだよなマジでよぉ……被害者にはわりいが、今日の温泉の効能でその辺どうにかならねえもんかよ」


「……そういや肝心な事聞いてなかったんですけど、被害者の人って大丈夫なんですかね」


 秋葉が助ける前提で話していたので自然と頭から抜けていたのだが、現在進行形で被害者は生きているのだろうか。


「今の段階ならまだな。衰弱はしてるだろうが、病院叩き込んで点滴暫く打たせりゃどうにでもなるだろ」


「そうなんですか。なんとなく生贄って言うからには、すぐに死ぬようなものかと……」


「一人で効果長続きってのも、写シ湯ノ神が善神たる所以なんだろうな。ああちなみに移シ湯ノ神っていう名前は、生贄となった人の生命力を他人に移す湯を張る的な事が由来らしい」


「へぇ……」


「で、その移シ湯ノ神はなんでも善ちゃんチームが解決するとしてだ。俺も気になった事を一つ聞いても良いか?」


「どうぞ。俺に応えら得るような事なら」


「なら遠慮なく」


 そう言った秋葉は、一拍空けてから問いかけてくる。


「どうでも良いっちゃどうでも良い事なんだけどよ、お前の所の所長どこいったんだ? 一緒に来てるって言ってたけど、もしかして怪しい風呂には浸かりに来ず部屋で待機か?」


「いや普通にまだ入ってるんでしょ」


「ほーん成程……ってちょっと待てや白瀬」


 これまで軽い空気の気の良い先輩みたいな雰囲気だった秋葉の声音が、突然どこか重い感じの物へと変化したのを感じた。


「ど、どうしました?」


「女なのか?」


「へ?」


「21歳女所長?」


「あ、はい……」


「で、今回の旅の目的は半分プライべートなんだろ? プライベートで温泉旅行ってお前……なんかイライラしてきたな。色々教えたの馬鹿みてえだ」


「……」


(理不尽!)


 だがちょっと見た目通りでなんか少し安心した。


「まあ冗談は置いておいて」


 と、そこでスっと突然落ち着いたように元の雰囲気に戻った秋葉は続ける。


「あの……マジで冗談だからな。羨ましい状況とはいえそれでキレるようなやべー奴じゃあねえからよ。ちょっとネタで言ってみたかっただけで。ほんとだぜ?」


「は、はい」


(結構空気の重さマジだったけどな……)


 指摘はしないけども。

 面倒そうだし、色々教えてもらっている側の立場だし。


「でもカルビとかロースが食えなくなるのはマジだぞ」


「それは嘘であって欲しかったですね……」


 焼き肉ではカルビ大好き君なので、その辺は普通に怖い。場合によっては怪異よりも怖い。


 と、そんなやり取りをしていた時だった。

 女湯の方の脱衣所から、見慣れた人物が出てきた。


 浴衣に身を包んだ霞だ。


 そして出てきたのはそんな見慣れた人物だけではない。


 自分よりも少し年下……高校生位に見える、ボブカットで金髪の少女。あとそれ以外に分かりやすい特徴を上げるとすれば、どことなく外国人っぽい顔付きなのと。


(……何がとは言えないけど、霞さんとは対照的だな)


 純度100%のセクハラ発言なので、ほんと口には出せないが。


「お、白瀬君。良いの飲んでるねぇ」


「そこの自販機に売ってますよ」


「私部屋に財布置いてきてるから、ちょっと貸してくれないかい? 後で返すから」


「いや良いですよこれぐらい」


「よっしゃ!」


「一切遠慮しないの凄いですね……コーヒー牛乳で良いですか?」


「ごちそうさまです」


「うーっす」


 そんな訳で適当な返事を返しながら自販機でコーヒー牛乳を買っていると、金髪の少女が霞に話しかけているのが聞こえる。


「あの人がさっき話していた白瀬さんっすか?」


「ああ。ウチの事務所の有望な新人だよ」


(……ん、これもしかして)


 なんだか色々と察した所で秋葉が問いかけてくる。


「なぁ、ウチの由香の隣にいる……ああ、あの金髪ウチの助手な。その隣にいるのが……お前んとこの?」


「ああはい、ウチの所長の黒幻さんです」


 そして向う側でも。


「で、もしかしてあの頭グリーンな人が……」


「はい、なんでも善ちゃんの善ちゃんその人っすね」


 ……どうやらきっと確定だ。

 男湯で有った出来事がほぼそっくりそのまま女湯でも発生していたようだ。



 

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