9 神という怪異の対処について

「謝る……そんな事で良いんですか」


「そんな事で良いというか、そんな事しかできねえよ。まさか神殺しなんて所業、一介の怪異の専門家にできる筈もねえからな」


 それに、と秋葉は言う。


「仮にそれができたとしても、人間側の落ち度が原因で起きた一件で祓っていいような相手じゃあねえ。悪神だの邪神だの、正直に言って良くねえ神様は少なかねえが、移シ湯ノ神は間違いなく善神。共生し、崇めるべき神だ」


「そ、それはまあ、そうでしょうね。まあ崇めるべきかどうかは分かりませんが、祓っていいような相手じゃないのは分かります」


 真はその言葉に頷く。


「少なくとも向こうから理不尽な何かをしてくる訳でも無ければ、それに準ずるような契約を結ばせて来る訳でもないんですよね。だったら乱暴な手段が取れたとしても、それは理不尽ですよ」


 もっとも自分が人で被害者も人である以上、そうしたやってはいけない事を咎める事は出来る気はしないし、自分が被害者と近い立ち位置に置かれた際に、何もしないで居られるかどうかは分からないが。

 だけどとにかく部外者という立ち位置から考えを纏めれば、きっとそれが正論なのでは無いかと思う。


 そしてそれを聞いた秋葉は満足げに頷いてから言う。


「一か月と少しでそういう認識を持てるんなら将来有望だ。見込みありだな」


「ありがとうございます」


「だけど事、移シ湯ノ神に関していえば、人間の都合で払う事を咎めたくなる理由にもう一歩先がある」


「先?」


「言ったろ。善神なんだ。移シ湯ノ神は。生贄に対する対価を提供するなんていうビジネスライクな側面だけじゃあねえ」


 そう言って秋葉は指を立てて言う。


「まず移シ湯ノ神はここら一体だけでなく国内全域の複数の温泉と繋がりがある神なんだけどよ、該当する温泉の泉質は全て、科学的に解明し公表されている効能以上のものを実感できるようになっているんだ」


 まずこの温泉街の土地神とかでは無かったのかと、急に思った以上のスケールの怪異になった事に驚いたが、それよりも。


「その効能ってのは……移シ湯ノ神が?」


「そう。言ってしまえばそれらは神の善意。施しだ」


「施し……」


「神にも悪魔にもそれに準じない怪異でも、信仰される事が力を持ち影響力を与える者は多々存在する。当然移シ湯ノ神なんて一般人は誰も知らねえ訳だが……自身のシマである温泉で人々が喜んでくれるというのが結果信仰として扱われていると、俺達専門家は踏んでいる」


 つまり。


「つまり移シ湯ノ神は人にうまい飯食わせて喜んでもらうのが幸せなタイプの料理人みてえな、そういうタイプの善良な奴なんだ」


「……」


「今こうして俺が浸かっているヤベエ湯だってよ、伝え聞いた話じゃ昔は救いようが無かった結核とかの病もたちまち治癒したらしい。考え方によっては人一人の命で大勢を救える、ある意味こちらが望めば向うに割に合わない程の富を人間に与える存在でもある訳だ。駄目だろ、尚更そんな奴を祓うなんて事しちゃぁ」


「その通りだと思います」


 言葉を返した通り、確かにその通りだと思う。

 語られた事の内、生贄絡みの事は現代の法や倫理に照らし合わせれば、それでも容認できるような事では無いのかもしれない。

 だけどそれでも、秋葉の語る事が本当の事であるならば、間違いなく移シ湯ノ神は善神だ。

 人間側の不手際で排除しようとする事は、きっと理不尽な事なのだ。


 と、そこまで教えてくれた所で秋葉は体を伸ばす仕草を見せる。


「さーて。こんなもんで良いか。そろそろ上がるとするか」


「ちなみに湯船に浸かる事が、この後の事にどう繋がってたんですか?」


「移シ湯ノ神はその地その地で人間が生贄になる条件も、顔を合わせる為のルートも違ってくるからな。特に後者は天候や気温なんかでも変わっちまう。それを探り辿る為に、体を適応させないと駄目なんだ。ある意味清めているとでも言うのかもな」


 そう言ってゆっくりと秋葉は立ち上がる。


「まあとにかくこれで事前準備の一つは終わった訳だ。俺はもう上がる」


「色々とありがとうございます。こういう知識って多分、知っている同業者が増えると喰いぶちが減る様な事でしょうに」


「良い良い気にすんな。寧ろこういう機会があれば積極的に情報交換をしていかねえとな。何せ基本怪異のかの字も知らねえ依頼人は、ようやく一人の専門家を探し出して頼って来るんだぜ? だから客側からの当たり判定が広くなる事はあっても、俺達からすれば商売敵が増える訳じゃあねえんだ。しいて言えば戦友が増える感じか」


 そんな訳で、と秋葉は言う。


「お前もこの湯に浸からねえならぼちぼち上がって来いよ。良い機会だ。名刺交換でもしようぜ。営業掛けるつもりだったんなら一枚二枚位持ってんだろ」


「ええ、勿論」


 もう何度目になるか分からない、人って見かけによらないという感覚を味わいながら、それに応じる事にしたのだった。

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