8 同業者 下

 それを聞いて真は湯船から出る為に立ち上がった。

 誰かが生贄になった結果がこの異常な効能の湯なのだとすれば、たとえ利用した人間に良い結果だけを齎すとしても、それを受け止め続けてはいけない。


 それこそ此処に入らなければならない者でもなければ。


 そしてそんな真に同業者の男は言う。


「まあ座れよ兄ちゃん。説明しろって言ったのはお前だぜ? 気持ちは分かるが俺が話し終わる位までは此処にいてもらうぞ」


「……ちょっと椅子持ってきます」


「まあ湯船に浸かったままってのも知らなかったいい気分はしねえわな。俺ぁ浸かるけど」


 そんな訳で近くの休憩用の椅子を持ってきて着席。

 そして同業者の男に言う。


「とりあえず大雑把にですけど、どういう神様……怪異なのかは察しましたよ。確かにそんな相手に実力も無い奴が下手に動くと、死人が出てもおかしくない」


 人間側が生贄を提供し、移シ湯ノ神という怪異がこの異常な効能の湯を提供する、ある種利害が一致した契約を結んでいるようなものだ。

 そこに干渉するとなれば、言ってしまえば神の逆鱗に触れる事にもなりかねない。


 それこそ先日の怪異のように。


(……利害の一致、か)


 自分で考えておいてなんだが、果たして本当に一致しているのだろうか?

 果たしてこの状況は、誰かが望んだものなのだろうか?


「それで一応確認なんですけど、俺はこの旅館の人達を普通の目で見ても良いんですよね。今日此処に泊まるんで、そうでないと困るというか、シンプルに嫌なんですけど」


「……確認って事は兄ちゃん的には此処の旅館の人達がやべーアクションを起こしたとは思ってねえ訳だな」


「ええ」


「ちなみに理由聞いてもいいか?」


 同業者の男の言葉に頷いてから、真は答える。


「俺も事前にこの辺りの事は調べてきているんですけど、まあしっかり観光客の集まる立派な温泉街です。この旅館もそう。そしてそれは普通の温泉だった頃からそうなんです。態々法人として、もしくは組合として殺人のような行為に手を染めなければならない理由が無い」


「神様サイドにやれって言われたのかもしれないぜ?」


「ネットのレビューを見る限り、此処の泉質に変化があったとされるのは本当に此処最近の事です。それまではずっと普通の良質な温泉だった。もしそんな事になるなら、この温泉は常にそういう事になっているか……もっと早い段階で自発的に訪れた怪異の専門家が手を打っているでしょう。それに……もし此処の人達が一枚噛んでいるなら、それこそ俺達みたいな自発的に来た専門家はともかく、あなたはみたいに呼ばれる専門家はいない」


「俺が生贄になっているであろう誰かの関係者に依頼されたって線は?」


「泉質に変化があったって言っても一、二日の事じゃない。少なくとも一週間は経過しています。それは即ち生贄となっている誰かが消えてから一週間が経過しているという事になります。だけど調べた限りそんな事件が直近で起きた形成はありません。つまり……生贄になった人は所謂神隠しのような状態になっているんだと思います。姿が消えるどころか、意識から消えるようなレベルの」


 つまり。


「被害者は何らかの事故で生贄になってしまった。そして以上に気付いた此処の旅館の人かもしくは組合の人が、事件を解決する為に怪異の専門家であるあなたを此処に呼び寄せた。違いますか?」


 一応現時点で分かっている情報でそれらしい理屈を組み上げてみたが、どうだろうか。

 どうであれ現状惨事が起きている事には間違い無いのだけれど、少なくともこれからお世話になる人間側に悪い人など居てほしくないわけだから、それなりにガバガバな推理だとは思うが、こういう事であってほしいと考える。


 そして少し間を開けた後、同業者の男は答える。


「……中々やるじゃねえかよ。概ね正解だ。法人としても個人としても、此処には人を殺してまで泉質を変えたい馬鹿なんていねえ。俺はこの温泉街の組合から依頼を受けて此処にきている。すげえよ兄ちゃん。探偵みてえだな」


 ……どうやら正解だったみたいだ。

 きっと運が良かったのだろう。

 自分のような素人が狙ってやれるような事じゃないから。


 とはいえ霞の前でも無いのだから、それらしく取り繕って答える。


「一応表向きには探偵事務所って事になってるから、間違いじゃないかもしれませんね……厳密にはその助手なんですけど」


「あー、怪異の専門家は良くそうするな。ちなみになんて名前の事務所だ?」


「黒幻探偵事務所って言います。ああ、自己紹介がまだでした。俺、その事務所で助手やってます、白瀬真です」


「ん、そういやそうだ、自己紹介がまだだな。ダラダラ喋り過ぎちまった。俺は秋葉善次郎。表向きには何でも屋って事になってる、【なんでも善ちゃん】の事業主って事になるな」


「なんでも善ちゃん……」


「おう、悪い事以外は大体何でもやるぜ」


 なんだか特徴的だなと、そう考えていると秋葉は言う。


「しかし黒幻探偵事務所ね……黒幻黒幻……」


「お、もしかしてご存知で?」


「……いや、悪い。聞いた事有ったかなと記憶を辿ってみたけど、全く聞き覚えねえわ」


 そして秋葉は言いにくそうに言葉を紡ぐ。


「……これ言いにくいんだけどよ、白瀬が此処の怪異の候補として移シ湯ノ神が浮かんでこねえって事は、多分お前の上司も知らなかった訳だろ。多分お前なら聞いてるだろうしな。その時点で……あんまり名の知れた専門家じゃねえなって感じだな。知らなかったのも無理がねえって奴だ」


「……」


 オブラートに包んでくれてはいるが、二流三流だと言いたいのだろう。

 知らなかった事にうまく落としどころを見付けようとしてくれたのかもしれないが、かえってダメージを与えてくる。


「……なんかごめん。言わなくて良い事言ってるわ俺」


(……違うって否定できねえのがな悲しいもんだな)


 霞の事は自分よりも遥かに凄い人だとは思っているが、まああの流行ってなさを見る限り間違いではないだろう。

 完全に図星だ。

 これから頑張っていかなければならない。


 と、そこでバツが悪そうに秋葉は言う。


「ち、ちなみに拠点はどこだ? どの辺りで活動している?」


「石川ですね」


「あーなるほどなぁ。俺ん所は埼玉だからよぉ、シンプルにエリアが違いすぎて知らねえだけかもなぁ! 後ほらさっきはああ言ったが、白瀬がある程度自分で答えを出すまで黙っているって感じかもしれねえ」


 滅茶苦茶フォローしてくれた。

 ほんと見た目が当てにならなすぎるなぁとしみじみ思う。


 それを感じながらこの微妙な空気を何とかする為に、普通に脱線し始めた話の軌道修正をする事にした。


「そ、それでちょっと話戻りますけど、概ね正解ってのはどういう事ですか? それってつまり百点ではないって事ですよね」


「今回の答えだけ考えりゃ正解だが、引っ掛かる点が一つあった。これは次に生かす為にも覚えとけよ白瀬」


 そして秋葉は指を立てて言う。


「今回のケースじゃ被害者が居るにも関わらず、確かに何の騒ぎにもなっていない。状況証拠から被害者が居ると、俺達のような人間が断定しているに過ぎない訳だ。だけど……この手の怪異の場合、被害者と親しい……距離の近い人間は覚えてるなんて事もある。それは頭の片隅に入れておけ」


「あ、はい」


「後は移シ湯ノ神の特性を知らない以上これは分からなくて当然な話だけどよ、例えば温泉街の関係者に医者が匙を投げるような重い病を抱えた者が居て、それ故に犯行に及んだという線もまだ残っちゃいたな」


「……って事は、此処に浸かってたら病気とかも治るんですか?」


「万能とは言わねえけどな。昔本当に生贄を捧げていた時ってのは、つまりそういう事なんだろ」


 そこまで言った秋葉は軽く咳払いをして続ける。


「とはいえ現代医学も著しく発達しているし、それに今回のケースでそれは無いって裏取りは済んでる。つまり後学の為に知っておいて欲しい事と、この怪異に対する知識が無いと分からない点に引っ掛かりがあっただけで、百点は百点だ。おめでとさん」


「ははは、どうも……」


 で、此処まではいわば事故か事件かの話。


「……それで、今回の一件はどう解決するんです?」


 此処まで話を聞いただけでも、経験の浅いこちらからすればかなり糧になっているとは思うが、今後この怪異を相手にする必要が出てきた時の為の知見としては、その先も聞かなければ糧にはなりきらない。


 そしてこれまでのように、秋葉はその答えを教えてくれる。


「事故でしたすみませんって、謝って被害者を……生贄になっている人を返して貰うんだ」


 そんな、とてもシンプルで平和的な答えを。

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