7 同業者 中

「温泉の……神?」


「そう、温泉の神だな。実際神懸ってんだろこの温泉。まさしく神の所業……いや、それだと悪く聞こえるから神の……いや、良いか別に所業で。実際現代の価値観に照らし合わせれば、その位の言葉で纏めたって良いだろうしよ」


「……あの、これ怪異の話……なんですよね」


 温泉の神様と明言された訳だが、それを語り対処しに来たのは怪異の専門家だ。

 そこに違和感を感じていると、同業者の男は言う。


「ちっぽけな怪奇現象を起こす何かから八百万の神まで。人の域を超えた現象を現実に展開できる時点で、専門家が扱う大雑把なカテゴリーとしては皆怪異だ。ああ、あくまで仕事上のカテゴリー分けの話な。宗教とかそういう話になってくるとまーた別の話になってくるンだわ」


 そう断りを入れた後、軽く咳払いをしてから同業者の男は言う。


「とにかく移シ湯ノ神は列記とした神様であり、俺達からすれば怪異として扱う対象という訳だ。普通の怪異と呼べるようなものとは同列に並べたりなんかしねえけど。だからこそ、迂闊に挑めば命に関わる」


 と、そこまで言って何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべた男は真に告げる。


「ああ、さっきから命に関わるだの死ぬだの物騒な事を言っている訳だが、別に今俺達が浸かっているお湯には危険性はねえからな」


「……まあ有ったらあなたもこうしてゆっくりしてませんよね」


「その通り。まあ俺の場合は多少害があったとしても浸からなくちゃならねえ訳だがよぉ……」


「その神様をどうにかする為ですか」


「ああ。まずこの湯に浸かる事が解決までのプロセスになる。何もしねえで顔合わせられる程、神様相手にするってのは簡単じゃねえんだわ。いやぁ、害が無くて良かったぜほんと」


 そう言って笑う同業者の男に問いかける。


「でもこんな害どころか良い事しか齎してない神様と関わる事で、どうして死ぬかもしれないんですか? ……というかこれ、解決しないといけない事なんですかね」


 先程の霞との会話を思い返す。

 怪異との共生。

 この場合だと神との共生という事になるのだろうか?


 齎されている現象に害が無い以上、自分で言うのはなんだが、自分が抱えているかもしれない何かよりも遥かに対処すべきではない存在だと思える。


 だけど同業者の男は首を振った。


「解決しなきゃ駄目だな。少なくとも令和、現代の倫理観に当てはめるなら」


「……というと?」


「兄ちゃんは昔話だったり怪談だったりで聞いたことがねえ? 厄災を取り払う為にだとか、繁栄の為だとか色々な理由で、土地神とかに生贄を捧げる的な奴」


「……まさか」


「そのまさかだ」


 同業者の男は真剣な声音で言う。


「移シ湯ノ神ってのはそういう神様。その神様に対して現在進行系で供物となっている人間がいるンだわ。昔話ならともかく、現代日本で許されるような、見過ごして良いような事じゃあねえわな」

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