6 同業者 上
(……確かにこれは、意味が分からない位に力が湧いてくるな)
浴槽にしばらく使っていると、はっきりと実感できるレベルで心身ともに力が湧いてくるような、そんな感覚が全身を駆け巡った。
これは確かに気休めなどではなく、本当にゲームで回復アイテムを使用したかのような回復の仕方。ステータスのバーがグググと上がる感じ。
つまりは……異常の域に達している。
効能一覧に疲労回復とは書かれているが、これを疲労回復なんて言葉で纏められない。纏められてたまるか。
一周周って怖い。
心身ともに楽になっている筈なのに、どこか不気味で別ベクトルのストレスが貯まるような、そんな気がした。
そしてこれはもう確定だろう。
「この温泉、絶対怪異が関わってるな」
心の中で留めておくはずが、異常な程にリラックスしていたせいか、思わずそう口にしてしまった。
……他に人が居るのに。
(……ヤバいな、変な奴だと思われる)
怪異を認知していない一般人からすれば、完全に中二病を拗らせた発言にしか聞こえない。
幸いな事に現在は自分を除くと、どこか柄の悪そうな二十代半ば程の緑髪の男が一人いる位だ。大勢に聞かれた訳では無い。
……否、全く幸いではない。
「……」
「……」
凄く視線を感じる。
明らかにこちらが言った一般的には変に聞こえる文言を気にしている。
よりにもよって良く言えばチンピラ、悪く言えば半グレみたいな風貌の男に。
(……スルーしてくれよ頼むから)
だが緑髪の男はスルーするどころか、こちらに視線を向けたまま口を開いた。
「違ってたら色々な意味で痛々しくて恥ずかしいからそうであって欲しいんだけどよぉ、にぃちゃんもしかして同業者かぁ?」
「……ッ!?」
見た目通りの軽い口調で紡がれた想定外の言葉に思わず声にならない声が出る。
この流れで同業者……という事はだ。
「まさか……あなたも怪異の専門家なんですか?」
「おうよ。良かったなぁマジで。駄目だぜ素人かもしれねえ奴が近くにいる時にそんな事言っちゃ。気をつけな」
「え、ええ……」
ごもっともな忠告をしてくれた同業者の男は、それから一拍空けて言葉を紡ぐ。
「いやーしかし世の中せめぇなぁ。偶々同じタイミングで風呂入ってる奴が同業者とはよぉ……ってちょっと待てよ。つー事はもしかしてにいちゃんも仕事で此処に?」
「いや、俺達は仕事に繋がるかもしれないって思って足運んだだけで……半分プライベートです」
「なーるほどね。まさかのダブルブッキングしちまったのかと思ったぜ」
ダブルブッキング。
同業者の男からそんな言葉が出る以上、つまりこういう事になる。
「という事は……この温泉の件で誰かに依頼されて此処に来ているんですか?」
「おうよ。にいちゃんは噂かなにか聞きつけて営業を掛けるために来たんだろうけど、残念ながら既に先約がいたって訳。悪いな」
同業者の男は軽い口調で手を合わせて一応誤ってくる。
どうみても社交辞令だが、それでもそういうアクションをしてくれる辺り、この人は見た目によらず真面目な人なのかもしれない。
「いやいやあなたが仕事に来た場所に、俺達が勝手に割り込もうとしている形ですから。全然気にしないでください。それにさっきも言いましたけど半分プライベートですから尚更」
「そうか。そう思ってくれりゃ助かるぜ。変な揉め事にはしたくねえからよ。俺ぁ平和主義者なんだ。揉めるのは怪異相手だけにしたいね」
そう言って同業者の男は笑みを浮かべる。
……霞もそうだが、人の第一印象って当てにならないなとしみじみと思う。
そして第一印象でヤバい人だと思ってしまった事に心中で謝罪した後、今後の糧とする為にも同業者の男に問いかけた。
「あの、ちなみになんですけど……具体的にどういう怪異が絡んでるんですかね」
「てことは、知ってるのは此処の温泉がヤバいってところ止まりか。まあメジャーな奴じゃねえけども……一応聞くけどもしかして経験浅え?」
「怪異と関わり始めて一ヶ月と少しです」
「おー超ルーキーじゃん。あったなぁ、俺にもそういう時期がよぉ……でもまあそういう事なら良かったな。今回の怪異はルーキーが挑むには荷が重ぇ。朝寝起きにマシマシの次郎系ラーメン食わされる位重てぇ」
「それは確かに……」
「だから俺達が先に居て良かった」
そう言って安堵するように息を吐いた同業者の男は、軽い口調のままではあるが真剣な表情で言う。
「で、どういう怪異かだよな。コイツを教えるには条件がある」
「条件……?」
「これを聞いた後、俺達の了承なく勝手にこの怪異と関わろうとしねえ事。その一点だ」
「いや、はい。しませんけど、そんな抜け駆けみたいな事」
「なら良い。だけど偶に居るんだよな、なんか調子に乗って突っ込んじまう奴。でも俺ぁ仕事奪われるから関わるなって言ってる訳じゃねえ。もう一度言うが、ルーキーが挑むには荷が重いんだ。こっちが情報を教えた結果死にましたみたいな事になられると気分が悪い」
「死人が出るかもしれないような怪異なんですか?」
「ああ……だから頼むぜ」
「……ええ」
その言葉に深く頷く。
この人は本当にそういう最悪な事態を危惧して忠告してくれている。
実際情報を教えようとする側はそれだけの事を言わなければならないのだろう。
特に自分達には。
その情報を知った上で、その後紆余曲折の末に怪異に挑まなければならないと考えてしまう状況が訪れるかもしれない。
そうなった時に動かない保証はない。
先日の五万円と魂を交換する怪異に挑むまでの経緯を考えれば自分達は。この後霞に報告するであろう自分には、そういう釘を刺して置いて貰わなければならない。
そうしてくれれば、何も無いよりは動かないだろう。
同業者の男が解決に向かう事が分かっているにも関わらず、それでも動かなければならないと思える程の……余程の事が無ければ。
「じゃあお前を信じて教えてやろう。この意味が分からない位元気になれる怪異の正体を」
そして同業者の男は一拍空けてから答える。
「
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