ex チケット 上

 先日の一件から一週間が経過した今現在、自分自身……黒幻霞が抱えた問題に解決の兆しが見えたかどうかと言われれば、流石に頷く事は出来やしない。

 怪異の専門家が聞いて呆れるような話だとは思うが、何も進捗が無いまま状況は悪くなっているように思えた。


「で、早速聞くけど何があったの?」


 昼前。

 先日の五万円が見事消失し、そして警察からの報酬も個人の生活費としては簡単に手を付けられないが故に財布が潤っていない中、限られた予算での昼食をどうするかを考えていた所で非番だったらしい綾香が事務所に上がり込んできてそう尋ねてきていた。


 事前に連絡があった時は仕事の話かと思ったが、どうやらそうではないらしい。


 例の一件の翌日と、二日前に行われた法事で親戚一同集まった際に顔を合わせている訳だが、その時に色々と察したのかもしれない。


「いや、何も無いよ何も。全然大丈夫」


 一応そんな誤魔化しをしてみるが、態々足を運んで来る位には確信を持っているであろう綾香にそんなものが通用するかどうかといえばそうでは無く。

 通用したフリをしてくれるかといえばそうでは無く。


「それではいそうですかって引き下がるような奴なら、私は今日此処に来ていないわ」


 彼女は答えを聞き出すまでこの場を動く気は無さそうである。


「だろうね……綾ねぇはそういう人だ」


「ええ。勝手な基準で線引きはしてるけど、この位なら全然踏み込むよ。例え怪異が絡んでいるかもしれないって思ってもね」


 そんな訳で停滞している所を、心配性の従姉に踏み込まれた。

 優秀な助手が勉学に励んでいて一人になったタイミングを狙われたような形である。


 事実そうだったのかもしれない。

 今もこうして人の問題に無理矢理踏み入っては来ているが、それでも最低限……否、最大限の配慮ができる人だから。


 黒幻霞が何かを抱えていると察した上で、霧崎から見ればそれを霞が周囲に話しているかどうか分からないが故に、こうしたタイミングでという事なのだろう。


「それで改めてだけど、何かあった? 結構しんどそうだけど」


 とはいえ、綾香相手だとしても。

 配慮をしてくれていたとしても。


「……ごめん綾ねえ。今はまだ、ちょっと言えない」


「……」


「言えないんだ」


 正確に言えば言いたくない。

 言うのが怖い。


 自分でも心の整理は付かないが、今抱えている問題について他の誰かに伝える事が怖いのだ。


 それは悩みそのものがどこか思春期に拗らせた少年少女のようで人には言いにくいなんて話では無く……適切な答えが返って来るかもしれないと思うとどこか恐ろしいのだ。


 自分でも滅茶苦茶だとは思う。

 自分自身はこの問題を解決しようと思っているのに。


 ……やはり怪異そのものが防衛本能を刺激していたりするのだろうか?


「……そっか」


 綾香は静かにそう呟く。

 どこか一歩下がるように。


「……もっとグイグイ来ると思った」


「普段のアンタなら軽く押せばもう折れてる。怪異関係有る無し関わらずいつもならね」


 そんな記憶としてはしっかりと残っている、思い出せる事を言いながら綾香は続ける。


「それで折れないって事は、普通じゃないって事でしょ。デリケートな問題って奴。普段通りじゃ良くない」


 そう、デリケートだ。

 自分でもどう触れて良いか分からない位に。


「だとしたら無理に進んじゃ駄目でしょ。こうなってくると、私が土足で踏み入って良いタイミングは本人の許しが出た時かな」


「許しが出たなら土足で上がらないでくれない?」


「確かにそれはそう。正装でもしてこようかな」


 そう言って笑みを浮かべた綾香だが、すぐに真剣な表情を浮かべて言う。


「まあそういう事なら私は無理に踏み込まないけどさ……今の位置から言える事位は言って良い?」


「それを踏み込むって言うんじゃない?」


「じゃあ少し踏み込む」


 綾香は軽く咳払いをしてから続ける。


「原因がどうであれ精神的に参ってるのは見て取れる訳だから、一回休暇取って旅行にでも行ったらどう? 対処療法にしかならないとは思うけど、結構良いと思うわ」


「休暇も何も開店休業状態だけどねウチは」


「自分で言ってて悲しくない?」


「慣れたよ」


「慣れるな馬鹿……やっぱ無理矢理にでも進学勧めればよかったかぁ……」


「勉学に励もうと私の行きつく先は此処だろうから。奨学金の無駄だよ無駄」


「あーそう考えると一理あるわね……いや、ちゃんとまともに就職しようって思えたかもしれないから、無駄じゃないかも」


「…………へへ」


「どういう笑い? ……まあとにかく」


 かなり脱線し始めた話を綾香が無理矢理軌道修正する。


「結構真剣な話、旅行とか行ってみたらどう? ……いや、軌道修正した直後に言うのもアレだけど、開店休業状態ならそんな余裕は……そもそもお金に余裕が無いから、この前の怪異の被害者役になれた訳だし……」


「いや、ゆっくり旅行に行くなんて事は出来なくも無いよ」


「ん? 何か臨時収入でもあったの?」


「いや実は私もメンタルケアしなきゃと思って、昨日少しパチンコに行ってね」


「うわ出たわねパチンカス……って事は何。勝ったの?」


「一時間持たずに一万円がヤク○トに変わった」


「とんでもないハイパーインフレね……え、じゃあどうしたの。まさかヤク○トが旅費に化けたりはしないだろうし……まさかアンタ、人から金借りて無いでしょうね?」


「借りない借りない! 金借りてまでギャンブルやり始めたら人間終りだよ!」


「生活切り詰めてギャンブルしてる時点で結構終わりよ終わり……で、借りて無いならどうしたの」


「いや偶々行った日がクジが引ける日でね……そう、ファン感謝デーとかなんかだ」


 遊戯中にくじを引いて当たりが出れば商品が豪華賞品が貰えるという、そんなものに予算使うなら玉出せ玉! という催しがパチンコ屋には年に数回ある。

 それがその日だった訳だが。


「……なんか一泊二日温泉旅行のチケット当たった。ペアご招待の奴」


 それなりにとんでもない物が当たった。

 パチンコ台は碌に当たらず、それだけが当たった。

 つまり。


「行こうと思えば旅行に行けます」


 行けるのだ、一泊二日温泉旅行に。

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