ex チケット 下
「へぇ、良かったじゃない。ナイスタイミング。どうせ暇なんだから行ってくれば?」
「まあ流石にどうにか現金化しようなんて事は企んでないから、実際私もそのつもりだったんだ」
「だった? なんで過去形?」
「うん、ちょっとこれを使うには越えなくちゃならないハードルがあってね。それが今の私には越えがたいんだ」
正直メンタルがやられていても気分転換にパチンコに行く位にはフットワークが軽い訳で、今の心身を休ませるために行ってみるのは普通にアリだと、そう思っていた。
だけどハードルがある。
越えなければならない高いハードルが。
「もう一度言うけど、私がパチ屋で貰った旅行券は一泊二日のペアチケットだ。そう、ペアが居るんだよ。ご丁寧にお一人でのご使用は不可って書いてあった」
なんで融通効かないんだよとは思ったが、実際書いてあるのだから無理な物は無理なのだ。
「いやハードル低くない? 別にアンタ友達少ないとかそういうタイプじゃ無い訳だしさ、誰か誘って行ってくれば?」
綾香の指摘はごもっともだ。
普段なら何も悩みはしない。
寧ろ前向きな意味で誰を誘うか迷う形になるだろう。
……普段なら。
「まあ確かに友達はそれなりに多いけど、怪異の事を知っていて誘ったらすぐに来そうな奴という条件に当てはまる奴はそういないよ」
「いやいや、リフレッシュに行くって話なのに、怪異を知っているか否かなんて関係なくない?」
「大アリだよ大アリ」
霞は小さく溜息を吐いて言う。
「綾ねえもある程度は察していると思うから此処までは言うけど、私の悩みみたいなのは怪異絡みだよ。それで紆余曲折あってこうなってる訳で……もし私がこれ以上ヘラるような事になったら、悩みの性質上双方にとって良くない事になる」
「……つまり連れていくなら、最低限怪異の事が分かっている人じゃないと駄目って事だ」
「そうだね。そしてそんな相手は殆どいない。少なくともフットワークが軽そうなカテゴリの中にはね」
「……まあそれだと中々難しいか」
「ちなみに綾ねえは誘ったら来る?」
「ごめん。ちょっと公私ともにしばらく忙しくて。今メンタルやられてるから休めばって言ってるのに、待たせる訳にはいかないでしょ」
「それに確か地味に有効期限も短かった気がする……」
「なら尚更私は駄目ね」
と、そこで名案でも思いついたのか、ハッとした表情を綾香は浮かべて提案してくる。
「そうだ白瀬君は? 多分その調子だと彼にも何も話していなさそうだけど、いざという時話せる相手ではあるでしょ?」
「中々凄い提案してきたね綾ねえ」
「凄い? 結構普通の提案してるつもりだけど……私何か変な事言った?」
「いやだいぶ尖った提案してるよ」
だってそうだ。
「異性と二人で温泉旅行なんて、恋人でもないとおかしいというか、普通に駄目じゃない? 二人一部屋だよ」
「…………確かに」
「でしょ」
「……」
「……」
「まあその、見つかると良いね、一緒に行く相手」
「最悪見つからなかったら、うまい事現金化して美味しい物でも食べに……っとそうだ。白瀬君にはこの前焼肉奢って貰ったし、そのお返しにちょっと良い感じのお店にでも連れて行こうかな。いや、旅行券を現金化する訳だから、白瀬君さえ都合が良ければ、労をねぎらう意味も兼ねて日帰りでどこかに──」
「……なんか全然二人一部屋一泊二日行けそうじゃない?」
「いや行けない行けない」
流石にそれはちょっと難しい。
「私はともかく白瀬君的に、あまりいい気がしないんじゃないかな」
この一ヵ月それなりに長い時間を過ごした上で白瀬真という人間はかなり信頼できる相手だと認識しているし、そもそも何かあっても自分の身は自分で守れる訳で。
そういう所から安心感が湧いて来るのか、なんか白瀬君と旅行行ったら普通に楽しそうじゃない? という気持ちも相まって、こちらとしては別にやぶさかではないのだ。
それどころか、こちらが何も言わない事で今の綾香のように明らかに心配を掛けてしまっているのは分かっているから、対処療法でしか無かったとしても、根本的な解決が一切できていないとしても、大丈夫だって所を見せてやりたい。
一応彼を導く立場にある雇い主として。
自分が勝手に思っているだけかもしれないけれど、友人として。
魅せたい自分を見せてやりたい。
そういう事もあって多分向うから誘われたら普通に行く。
結構ノリノリで行く。
だけどこちらからとなると話が変わってくるのだ。
「……うん、私は良いんだよ私は。うん」
此処まで全て自分からの一方通行の話。
事の詳細を彼に一切話していないところから、今の話に至るまで。
全てこちらの一方的な都合でしかない。
「白瀬君は急にこういう事に誘われても嫌じゃないかな?」
突然恋人でもない異性にこんな事に誘われて、何か不快な気持ちにさせないだろうか。
自分が不快に思わないだけで、他者がどう思うかは全く話が変わって来る訳で。
……それ以前にそもそもおそらく怪異の所為で自己肯定感が著しく低いだけの、間違いなく何者かである超有能好青年が白瀬真という人間だ。
顔も良い。
普通に恋人がいると考える方が自然である。
……そんな相手に誘うのは、本当に色々な意味で良くない気もする。
表向きには浮気調査とかしてそうな職の人間が、浮気調査される側に回ってしまう事になるかもしれない。
本当に良くない。
それに……略奪愛も好みではないから。
(いや、略奪愛って……別にそういうつもりな訳では無いし。うん……違う)
イマイチ何を否定しているのか分からなくなっている霞に綾香言う。
「……これは怪異とか全然関係ない事で相談受ける日が来るかもね」
「えっと……どういう事?」
「どういう事かな」
そう言って小さく笑みを浮かべた綾香はゆっくり立ち上がる。
「もう行くの綾ねえ」
「まあアンタと面と向かって話して相談に乗ってやろうっていうのが今日の目的だった訳で。そこまで踏み入った話をしたくないって事なら、私の要件はもう済んじゃってる事になるから。あんまり暇でもないし」
「そういえばさっき公私共に忙しいって言ってたね」
「そういう事」
「……それなのに態々来てもらってごめん。しかも何も話せてないし」
「いいわよ別に。気にしないし」
それより、と綾香は言う。
「別に相談しても良いかなって思えるようになったらいつでも連絡しなさい。昔みたいな危ない事はできなくても、何かしら力になれるかもしれないから」
「……うん、ありがとう」
言葉を返しながら改めて思う。
自分が真に事の詳細を告げていないのは、どういう訳か解決する事を躊躇しているからだ。そしてそれは綾香相手でも変わらないだろう。
だけど綾香の場合はそれだけではない。
こうして力になろうとしてくれている、昔から世話になり続けている従姉と。
昔から仲良くやれていた大好きな従姉と。
積み上げてきた関係性にまるで熱量を感じない。
まるで作り物のような、そんな無機質さを感じる。
それが今もこうして会話しながらずっと引っかかっていた。
だから……だからこそ。
そんな事を綾香に告げた時の反応を見るのが怖かったというのも、綾香に事の詳細を話せない事の一因なのかもしれない。
かもしれないというより間違いなくそうだと思える。
そんな事で相談する事を躊躇する位には。
(……本当になんなんだこれは)
歩んできた過去の記憶は凍てついている。
考えれば考える程、より解像度を高くして、鋭く。
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