三章 移シ湯ノ神
1 知覚と変化
SNSを介した金銭と魂の交換を目論む怪異との一件から一週間が経過した。
この一週間で何か特筆すべき変化が有ったかどうかと問われれば、あまり気は進まないが有ったと言わざるを得ないだろう。
自分の事ではない。
自分の事に大した変化など無い。
確かにずっと抱いてきた【何者でも無い】という感情が怪異によって齎されている物ではないかと考え始めた結果、そうした感情に対する違和感は多少なりとも生まれてはきている。
経験則で考えると、この感覚は縁喰いから解放されるまでのプロセスにどこか似ているように思えた。
認識を歪めるという結果を齎すという点では一致している為、大雑把なカテゴリーは同じなのかもしれない。
もしこの感情が怪異によるものだとすれば、怪異の存在を知り、怪異の所為かもしれないという認識を明確にした時点で回復へと向かっているのかもしれない。
そう思ったからこそ、極力この事については考えないように。
回復に向かわないように心がけてきた。
霞に言った通りこれが怪異による物だとしても、そう長くない人生の中での長期間をこの状態で過ごしたのならば、その怪異を抱えた状態の自我こそが白瀬真であって、真っ当なやり方での事の解決は白瀬真という人間の否定へと繋がってしまう。
だからこそ、今のままの自分で【何者かにならなければならない】のだ。
故に変化など無い。
怪異の所為かもしれない感情の件は変化が無いように努めているし、逆に何者かになるという変化は自分なりにやれる事を積み重ねても生じないから。
それ故に、良くも悪くも何も無かった。
では一体なんの変化があったのかという話になれば、それは自らの雇い主である黒幻霞の事に他ならない。
彼女には変化があった。
変化……具体的に言えば悪化。
先日の一件で霞が持ち帰ってきた何かは解消される事無く、今もなお彼女に纏わり続けている。
それによる、目に見えた心労の蓄積。
(流石になんか手ぇ打った方が良いなこれは)
大学での講義を受けながら真は考える。
あの時も今も霞がそれを語ろうとしない以上、無理な詮索もできない訳で。
一旦は詮索しないと決めていた訳で。
故に現状自分は一体霞が何を抱えているのかを、まるで理解できていない。
だけど詮索しないにしても、何も知らないとしてもやれる事はある筈で。
問題となっている何かから生まれてくる心労をケアする事位は、やれるならやった方が良い筈で。
その為には一体何をすれば良いのかを考える。
(メンタル参ってるなら休みとかとってゆっくりするとかが良いんだろうけど……実質毎日が休みみたいなもんだからなあの人)
目立った仕事はあの一件しか入ってきていない事も有り、ほぼ毎日が日曜日といった有様だ。
(まさか心労の原因って……これか?)
冗談はさておき。
冗談と言えるのかどうかはさておき。
そんな毎日が日曜日状態の霞の心を更に休ませるにはどうすれば良いのかを考えて、一つ案が浮かんできた。
(……旅行か?)
例えば気分転換に旅行にでも行って貰うのはどうだろう。
もっとも……そんな余裕は霞にも、黒幻探偵事務所にも、真個人にも無いのだけれど。
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