ex 隠した事
自身が抱えた悩みのような物は、別に他の誰かに隠さなければならないものではない筈だと、黒幻霞は自己分析する。
寧ろ態々聞き出そうとしてくれたのだから、そのまま素直に伝える方が合理的だとすら思う。
先の怪異との戦闘中に感じた感覚。
まるで自分が何者でも無いような。
確かに歩んだ筈の記憶にもしっかり残っている光景に、質量を感じられないような、そんな感覚。
落ち着いた今、改めて考えて言葉を紡ぐとすれば……酷く空虚なのだ。
怪異絡みの一件に限らず、些細な日常の事に至るまで。
あらすじだけを聞いて、創作物の内容を理解している気でいるように。
熱もなく、冷めている。
あの時も今も変わらず、そんなものを知覚して侵食されているような気分だった。
もしも自分があの瞬間に唐突に何かしらの精神病でも患ったのではなければ、十中八九何かしらの怪異に憑かれていると考えるべきだろう。
そうだとすれば尚更隠してはいけなかった。
まだ探りも入れてはいない段階ではあるが、事実何も分かっていない自分一人で抱えるよりも。
改めて自覚したが怪異の専門家として三流でしかない自分が一人で抱えるよりも。
何かしら解決の糸口を見つけてくれるかもしれないという期待が持てる白瀬真には伝えるべきだったのだ。
黒幻霞は確かに、それが正しいと思っているのだ。
怪異の専門家としても、白瀬真の知人としても。
なのに。
(……なんで私は隠した)
相談する事が正しい事だと分かっているのに、一体何故。
(というか疑問に思うなら……こうやってずっと考えているなら、聞けばいい。聞けばいいんだ)
唐突に話を戻されて真は混乱するかもしれない。
だが半分位無意識で後になって気付く事が多いが、自分は普段から程よく支離滅裂な話をしている自覚がある。
だから良くも悪くも、唐突に話題を戻しても自然に思えるような地盤が出来上がっているとみた。
だから言えば良い。
言えば……。
「……」
焼肉の話で丁度梯子を外され、話題を変えるにはいいタイミングに思えた。
だからこそ此処で話を切り出せばいい。
「……」
だが自発的にそれを言おうとしても、それが億劫に思えてしまい口に出せない。
……それどころか、それを告げる事に……解決の糸口が見つかる事に微かな恐れのような物を感じた。
自分を蝕んでいるかもしれない何かから解放される為に相談しようとしているのに。
(……これも怪異の仕業か)
もしかしたら真に憑いているかもしれない仮称・自尊心を食う怪異もそうだが、解決に動こうとする感情を押しとどめるような、怪異中心の防衛本能みたいなものが働いているのかもしれない。
だとすれば厄介だ。
怪異が宿主と強制的に共生しようとしているのかもしれない。
だが、だとすれば……怪異は此処まで考えを巡らせる事を許すだろうか?
考えれば考える程、分からなくなる。
そしてこうして思考を巡らせる中で、分からない事は増えた。
「ああ、そうだ。飯行く前にちゃんと応急処置とかしないと駄目ですよ。いくら治るとはいえ腕が大変な事になっているままだとビジュアル的にヤバイですし、何よりそのままにしているのも痛いでしょ」
「言われなくても分かっているよ。こう見えて重症の経験者だからね」
「胸張って言わないでくださいよ」
そんな胸を張って言うような事はどうしようもなく空虚に思えるが。
「白瀬君、もしかして私ならやりかねないとでも思ったかい?」
「思いますよ。こんな事言うのもなんですけど、黒幻さん結構滅茶苦茶なんですから」
「……えぇ、そのレベルぅ……?」
意識的にと無意識にと、彼の間に築かれたそういう関係性は。
少なくともこの一カ月の事は、踏みしめた感覚が残るように……記憶に確かな質量のようなものを感じるのだ。
そう、改めてそう意識すると確かにそうだ。
一カ月前、埼玉県の大宮駅で白瀬真と出会う前後で、記憶の質がまるで違う。
(なんなんだ……本当に)
考えて、考えて、その度に症状が深く重くなっていくように、そう感じる。
数珠繋ぎに連鎖するように。
(……これは本格的に、飲んで忘れるなんて滅茶苦茶な解決法に頼らないと、頭がおかしくなるかもしれない)
もっとも、そんな事をした所で酒が抜ければ全部思い出すのだろうけど。
とにかくこの日はどこか逃げるように、真の金で肉と酒を流し込んだのだった。
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