ex 名称不明 魂の商人 修羅 下
まるで内側からも外側からも殴られているような、そんな気分だった。
(……例の暗示の影響か?)
自分がこの一件に関わる為に、対策した上で自ら踏み抜いた罠。
その効力がこちらの想定していない形で表に出てきたのだろうか。
だがそうだとすればあまりに関連性が無さすぎる訳で。
おそらくそれは違うと考えられる。
つまりは何の身に覚えも無いが唐突に、何かしらの怪異に憑かれている可能性がある訳だ。
完全に別件。
それがよりにもよってこのタイミングで表に出てきた。
でなければこんな状況で自分の内面的な問題に意識を持っていかれる訳が無い。
どれだけ切り離しても、結局繋がってしまうなんて事は無い。
そして、そんな突発的な都合を怪異という存在は考慮してくれない。
再び怪異はもう目の前に躍り出ている。
だが同時に、視界に写った。
「その契約は無効だ! お前が渡した万札、偽物だろこれ!」
一万円を手にそう叫びながら、真が部屋へと入ってきた。
(白瀬君!?)
この短時間で何か打開策を見付けたのかもしれない。
こちらの手札はあまりにも少なかったとは思うが、彼ならやれるかもしれないという、そんな感覚がある。
だが。
「……!」
骸骨の怪異は止まらない。
変わらず骨の拳を振るってくる。
……どうやら白瀬真という部外者を、交渉のテーブルに上げるつもりがないみたいだ。
(……だとすれば)
体を反らし拳を回避しながら、策を回らせる。
「聞け! お前が私に渡したのは偽札だ! こちらにはそれを立証できる! だとしたら無効だろうこんな契約は!」
真の意思を汲み取り霞もそう叫ぶ。
白瀬真という人間は部外者でも、黒幻霞は紛れもなくこの怪異と契約を結んだ関係者だ。
だとすれば交渉のテーブルに上がれる可能性がある。
当然立証の方法など何も分からないが、それに辿り着いた真が此処にはいる。
自分は真が口にする怪異に届かない言葉を復唱すればいい。
それでこの怪異は打開できる。
……あくまで、その大前提の可能性を突破できればの話だが。
「ッ……!?」
止まらない。
「おい! 聞けって馬鹿!」
怪異は止まらない。
絶えず霞への攻撃を放ち続ける。
(私なら届くなんて虫の良い話か……!)
あくまで怪異は人外だ。
人のように法や倫理に縛られる必要が無い。
一度結んだ契約に対し、自分が不利になるアクションを受け入れる強制力がまるでない。
……だとすれば本格的に詰みだ。
「……!?」
なんとか攻撃をかわし続ける中で、折れた左腕に激痛が走った。
掴まれたのだ。
大きな骨の手に。
そして次の瞬間、体が宙を舞った。
腕を振り上げ持ち上げられたのだ。
そしてそのまま。
「がぁ……っ!?」
床に勢いよく叩き付けられる。
掴まれた左腕の激痛と変わらぬ程の痛みが全身に走る。
そして次の瞬間には馬乗りになられて……骨の掌が眼前に迫っていた。
「ケイヤクノタイカヲ……」
契約の対価。
五万円と引き換えに魂を差し出す。
おそらく、それがこれから行われるのだ。
打つ手はない。
激痛で体が全く動かず、それどころか体を叩き付けられた衝撃と恐怖で呼吸すらまともにできない。
故に自分にはできる事は何もない。
……自分には。
「この一万円札が偽札だと立証できなきゃ俺の魂をくれてやる! だから無効かも知れねえ契約に基づいた取り立ては一旦ストップだ!」
真の言葉に、怪異の動きが止まった。
声が届いた。
届かせた。
魂と引き換えに事をなす怪異に対して、交渉のテーブルに付くのではなく招き入れた。
(マジか……白瀬君……!)
当然この状況を詰みだと思ったように、こんな事は教えていない。
そもそもケースバイケースで対処法がまるで変わってくる怪異という存在に対するこの模範解答をドンピシャで教える事なんてできない。
自力で辿り着いたのだ。
誰でも出来るような事じゃない。
だがそれを素直に褒められるかどうかは別だ。
彼は自ら自身の魂をベットした。
自らの身を守る術も持ち合わせていないのに、安全地帯から地雷原に足を踏み入れたのだ。
もう後戻りはできない。
もっとも彼の目からは、戻る来など更々無いという感情が伝わってくるのだけれど。
そんな事を、まるで当然の事のように思っているような雰囲気が、伝わってくるのだけれど。
とにかく此処から先は一騎討ちだ。
現金五万円で魂を買い取る骸骨の怪異VS自称何者でもない怪異の専門家の素人、黒幻探偵事務所期待の新人。
白瀬真。
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