ex 名称不明 魂の商人 修羅 中

 だがそもそもノイズが有ろうとなかろうと、その先の事は然程変わらない。


 一連の攻防で攻撃を回避しカウンターを放てたものの、それでも相手を格上だと感じた。

 そういう相手と戦う以上、どうやっても劣勢である事に変わりはない。


 そして相手は三度もこちらの攻撃を受けた上で、その攻撃が一切自分に通用しないと認識した筈で。


 それ故に動きに一切の躊躇が無くなる。


 というより今までの攻撃に躊躇があったのではないかと思わせるように、攻撃のギアが一段階上げられる。

 そうなれば。


「……ッ!」


 全神経を回避に集中させてようやく攻撃を躱せる。

 反撃なんて事を行う隙は一切ない。

 そしてそうなれば当然、回避できない攻撃も出てくる。


「……ッ!?」


 攻撃を回避し生まれた隙を突くように放たれた側頭部への蹴り。

 これは躱せない。


 だから最大限防ぐ。


「ぐ……ッ!?」


 インパクトの直前に張った結界は先と同じく障子を破るように軽々と粉砕し、殆ど勢いを殺せていないその蹴りを構えた左腕で受け止め、僅かでも衝撃を和らげるためにも右側に跳んだ。

 そして左腕の激痛を認知した直後には、床をワンバウンドし壁を突き破った。


「……ッ」


 壁の向こうにも広がっていた部屋中を転がった後、ゆっくりと立ち上がる。

 ゆっくりとしか立ち上がれない。


(……これ、本当にヤバイ奴だ)


 全身に激痛が走る。

 そしてなにより左腕が上がらない。

 明らかに曲がっちゃいけない形に曲がっており、明確に折れている事が分かる。

 分かってしまう。

 状況は最悪……だが。


(……でも、全部が全部悪い訳じゃないか)


 向こうはこちらの攻撃が通用しない事を確信して攻撃のギアを上げた。

 つまり無機質に攻撃する訳では無く、ある程度の思考をした上で戦いの場に立っている。


 知能があるのだ。

 故にコミュニケーションを取る余地がある。


 つまりは……比較的届かせやすい。

 正攻法での戦い方を。

 ……白瀬真がそこに到達しさえすれば。


 そしてそれはまだだ。

 だとすれば。


「まだ……倒れてられないか」


 部屋に踏み入ってきた怪異を前にそう呟く、心中で大丈夫だと呟いた。


(こんな危機……一度や二度じゃないだろう。だから大丈夫だ)


 そして、此処に居るのが自分一人ではないからか、不思議と過去に同じようなピンチに晒された時の既視感のようなものは湧いて来ない。


(……?)


 違和感。


(こんな時にこんな変な事を考える辺り、まだまだ余裕なのかな私も)


 違和感があった。


 こんな危機は初めてでは無かった。

 そして一人では無い事も、初めてではない。


 寧ろ忘れられない程に強く印象に残っている事がある。


 今白瀬真が立っているような立ち位置に、霧崎綾香が立っていた。

 そういう事が有った筈なのに。

 似たような状況ではある筈なのに。


 何故だか既視感が全く湧いて来ない。


(いや、余裕……ではないな)


 気持ち悪い程に。

 こんな状況でも意識して気持ち悪くなってしまう程に。

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