ex 名称不明 魂の商人 修羅 上

「だからこそ、俺よりも遥かに危ない状況の人を置いてはいけない。そんな当たり前の事位はやり抜く」


「白瀬君!」


 その呼びかけに白瀬真は反応を見せず、その代わりとでもいうように霞が張った結界が破壊され、骸骨の姿をした怪異が部屋に入り込んできた。


 そして部屋の隅に陣取った真がそれに反応して逃げるような音は。

 すぐ近くにある扉から外に出ようとする素振りは見せない。


 目の前の化け物を前にして、自分のように最低限の自衛の手段も持っていないのに、一切動く気配はない。


 きっと真剣に、そして冷静に対処法を考えている。


(……普通じゃないよキミは)


 彼は自身の事を【何者でもない】と称していたが、全くもって理解できない。


(何が何者でもないだ)


 縁喰いの一件で彼と顔を合わせてから今日に至るまで、彼はあらゆる意味で非凡さを見せ続けてきた。

 感が良く、頭も回り、肝も据わっている。

 きっと自身が不在だった際に持ち込まれた探偵業としての仕事も、本人が大した事無いと言っているだけで、決して簡単な事ではなかった筈だ。


(キミは間違いなく、【何者か】だろう)


 かつて彼に言った通り、普通の人間の事を【何者でもない】存在だとは思わない。

 そういう思想を自身は持ち合わせていない。


 だが彼の尺度で話したとすれば、彼は間違いなく何者かなのだ。



 ……少なくとも、自分よりは。



(……?)


 一瞬脳裏を過ったそんな言葉に小首を傾げそうになりながら、霞は自身の目の前まで接近してきた骸骨の拳を体を反らし辛うじて躱す。

 そしてそのまま脇腹と呼ぶべき位置へ向けた起動へフックを放ち、そのまま中心に一本伸びた骨にインパクトを与える。

 それを喰らった骸骨は、先の初撃のように弾き飛ばされるが……先と同じように手応えが無い。


 根本的に効いていない。

 物理的な肉体を持っているが人形を遠隔操作しているように、そこに命のような物が宿っていないのか……そもそも根本的に実力不足なのか。


(……後者かなと思ってしまうのが嫌だね)


 いつもこうだ。

 身の丈に合わない事が分かっていても首を突っ込んで酷い目に合う。

 まあそういう自分は嫌いではないのだけれど。


 嫌いでないからこそ、自分は誇りを持って自分だと。

 何者でも無い誰かではなく、黒幻霞だと言い切れる。


 昔偶然怪異の一件に巻き込まれて。

 そこから独学と直感で怪異の事と、怪異へ対抗する為の力を身に付け。

 色々な事に首を突っ込んだり巻き込まれたりを繰り返し。


 そしてその行為を生業とした。


 自分で振り返ってもそれなりに滅茶苦茶な半生だとは思う。

 唯一無二の程よく滅茶苦茶な人生。


 そう認識しているからだろうか。


 先程湧いて出てきた自分とは正反対の感情は、しつこく脳裏にこべりついている。


(……駄目だ。余計な事を考えている場合じゃない)


 だけどそうやって無理矢理脳裏から掻き消した。

 今はそんな事を考えている余裕など無いのだから。

 とにかく自分にできる事を全うする事だけど考えなければならない。


 もしかしたら何か答えを見つけてくれるかもしれないという期待が持てる、明らかに【何者か】な新人が何かアクションを起こすまで、生き残らなければならない。


 自分が死なない為にも。

 彼を負けさせない為にも。


 ……そう考えていても、あの謎の感情が湧いて来る辺り。


 もしかしたら自分は何かの拍子に開いてはいけない扉のような物を開いてしまったのかもしれない。



 まあ当然そんなノイズが走った状態で、事直接戦闘において明らかに格上な相手を前にしていると。

 ……人生の幕を閉じる事になりかねないが。

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