第2話「友人から偽彼氏へ」

「――いいじゃないっすか。一緒に回りましょうよ」

「先程から何度も、嫌ですとお断りしているではないですか……!」


 人が円を描くように立っている中心には、やはり見知った女の子がいた。

 どうやら、大学生らしきチャラ男二人に絡まれているようだ。


「そうつれないこと言わないでさ~。ほら、一人で祭り回るのは寂しいでしょ?」

「人を待っているんです……!」


 ナンパされている女の子――浴衣を身にまとって学校の姿よりも魅力的になっている黒雪さんは、ナンパ男の一人に左手を掴まれ、目の端に涙を浮かべていた。

 強引な男に怖がっているのだろう。


 さすがに、これは見て見ぬふりはできない。

 誰か止めに入ってくれればいいが――これだけ見ている人がいるのに、厄介ごとに首を突っ込もうとする奴はいないようだ。


 まぁその気持ちもわかるので、仕方がない。

 俺も知人じゃなかったら、関わったりしないだろうし。


「――ごめん、待たせちゃったね」


 危なくないよう心愛を抱き上げた俺は、明るい雰囲気を作りながら笑顔で輪に入っていった。

 そのせいで、全員の視線が俺に向く。


「白井君……?」


 黒雪さんの綺麗な瞳が、大きく揺れながら俺の姿を捕らえる。

 知り合いが登場したからか、強張っていた彼女の表情が若干緩んだのがわかった。


「なんだよ、お前?」

「今取り込み中だってわからないのか?」


 そして、邪魔者の登場により、大学生たちがガラ悪く俺にガンを飛ばしてきた。

 その際に黒雪さんの手を放したので、俺は心愛を黒雪さんに差し出す。

 彼女は戸惑いながらも、半ば反射的に心愛を受け取ってくれた。


 俺は、二人を背に庇うようにして、チャラ男たちに向き直る。


「すみませんね、彼女は俺たちと回る約束をしていたんですよ」


 約束をしていたかどうかを、彼らに調べる手段はない。

 運悪く黒雪さんの待ち人がこの場に現れない限りは、十分しのげるだろう。


「彼氏ってことか?」


 俺が言葉にせず濁したことを、チャラ男はわざわざ聞いてくる。

 彼らにとっては大事なことなのかもしれない。


 ……仕方ない。


「そうですよ? これから祭りデートなんです」


 ここで誤魔化したり否定したりしたら、彼らが退かないのは目に見えている。

 そのため俺は、彼氏のフリをすることにした。


 黒雪さんには後で謝ろう。


「ほ~ん? お前みたいなパッとしない男が、その子の彼氏ね~?」

「はは! どう見ても釣り合ってねぇだろ!」


 どうやらチャラ男たちは、俺たちのことを疑っているようだ。

 まぁ当然だろう。

 自分から見ても、黒雪さんには釣り合っていないからな。


「――彼はとても素敵な人です……! 私は彼が大好きなので、馬鹿にしないでください……!」


 チャラ男たちが俺を馬鹿にして笑っていると、突然黒雪さんが俺の腕に自分の腕を絡めてきた。


 彼女は賢いので、状況を読んで付き合っているフリをしてくれたのだろう。


 そして彼女は、チャラ男たちをキッと睨む。

 普段優しい黒雪さんが絶対しないことだ。


 ……うまいな。

 まるで、彼氏を馬鹿にされて怒っている彼女だ。


 優しそうな黒雪さんが睨んでくると思っていなかったのか、チャラ男たちは一歩後ずさる。

 彼らが攻撃的姿勢から受け身姿勢になったのを、俺は見逃さなかった。


「さて、そろそろ行ってもいいでしょうか? あまり騒いでて、警察のお世話になりたくないので」


 俺はそう言いつつ、『周りを見てみろ』と言わんばかりに視線を周囲へと向ける。

 俺の視線に釣られたチャラ男たちは、周りに視線を向け――。


「えっ、いつの間にこんな注目されてたんだ……!?」


 現状をやっと認識したらしい。


 というか、これだけ人が集まっているのに気付いていなかったのか。

 よほど黒雪さんに熱中してたんだな。


「お、おい、まずいぞ……!」

「あぁ、もう行こうぜ……!」


 自分たちが注目されているとわかると、チャラ男たちはそそくさと逃げていった。

 小心者しょうしんもので助かったな。


「黒雪さん、妹をありがとう。ちょっと場所移しても大丈夫かな?」


 俺は心愛を受け取りながら、再度周囲に視線を向ける。

 これだけ注目されている中、付き合っていると言っていた俺たちが解散するわけにはいかない。

 せめて場所を移してからがいいだろう。


 意図が伝わったのか、彼女はコクコクと頷いた。

 待ち合わせをしているみたいだから、後でその相手には連絡してもらおう。


 そうして、人通りが少ない場所まで移動すると――。


「ありがとう、助けてくれて」


 黒雪さんが先に口を開いた。


「たまたま居合わせただけだから、気にしないでくれ。それよりも、彼氏のフリ――」

「おねえちゃん、にぃにのこいびとしゃんなの!?」

「「――っ!?」」


 先程の嘘を謝ろうしたところ――俺の言葉を遮るようにして、心愛が黒雪さんに聞いてしまった。

 その瞳はキラキラとしており、とても期待しているのがわかる。

 さすがに幼い子には、あの流れで吐いた嘘だ、ということはわからなかったらしい。


「心愛、違うよ。俺たちは付き合っていないんだ」


 誤解されるのは後が困る。

 そう思い、俺はすぐに訂正した。


 しかし――。


「そうなのぉ……?」


 目をウルウルとさせ、凄く悲しそうに心愛は黒雪さんを見つめた。

 そんな悲しみに満ちた瞳で見つめられた黒雪さんは、困ったように視線を彷徨わせる。


 そして――。


「し、白井君は照れ隠しで誤魔化しちゃったんだよ。私たちは、恋人だよ?」


 若干心愛から目を逸らしながら、とんでもないことを言ってくれた。


「おい……!? 何を――!」


 思わず、ツッコミの言葉が口から洩れてしまう。


「そうなんだぁ! にぃにのこいびとしゃん……!」


 しかし、俺の声は心愛によって消されてしまった。


 心愛?

 なんでお兄ちゃんより、会ったばかりの黒雪さんを信じてるの?


「おねえ――うぅん、ねぇね! おなまえは?」


 心愛は黒雪さんに興味津々らしく、グイグイといく。

 人見知りしない子だけど、こんなにグイグイと行くのは笹川先生以来だ。

 黒雪さんは笹川先生と雰囲気が似ているし、重ねているのかもしれない。


「えっと……改めまして、黒雪美咲です。心愛ちゃん……でいいのかな?」

「んっ! ここあは、ここあだよぉ!」

「よろしくね、心愛ちゃん」

「よろしく~!」


 二人はさっそく仲良くなったようで、明るく自己紹介をしていた。


 うん……これ、どうしたらいいんだ?

 後で嘘だったなんて言ったら、心愛ガン泣きするぞ……?

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