第1話「幼き妹と祭りへ」

「――にぃに~!」


 学校帰り――妹がお世話になっている保育園に着くと、ショートツインテールの小さな女の子が俺に駆け寄ってきた。

 四歳になったばかりの、かわいい妹――心愛ここあだ。


「心愛、迎えに来たよ」

「んっ!」


 しゃがんで両手を広げると、心愛は俺の腕の中に飛び込んできた。

 そして、頬を俺の頬にこすり付けてくる。

 相変わらずの甘えん坊さんだ。


 それはそうと――。


「俺を呼ぶ時はにぃにじゃなくて、おにいちゃんだよ?」

「やっ……! にぃに!」


 心愛は頬を膨らませて、ブンブンと首を左右に振った。


 幼いうちに呼び方を直そうとするも、心愛はこの呼び方を気に入っているらしく、直そうとしない。

 まぁ、呼びやすいのだろう。

 大きくなれば勝手に呼び方を直すだろうし、好きにさせたほうがいいか。


「白井さん、こんにちは」

「あっ、せんせぇい!」


 心愛を抱き上げていると、優しい笑みを浮かべた二十前半くらいの女性が話しかけてきた。

 彼女の名前は笹川ささがわ美空みそらさんといい、心愛のクラスを担当している保育士さんだ。

 とても綺麗で優しい人なのだけど、左手の薬指に指輪をしているので、お相手はいるらしい。


「こんにちは、笹川先生。心愛をいつもありがとうございます」

「いえいえ、心愛ちゃんは素直で物分かりがいい子なので、凄く楽をさせて頂いていますよ」

「んっ、ここあ、いいこ!」


 褒められたとわかった心愛は、ドヤ顔で頷く。

 相変わらずかわいい子だ。


「帰る準備はできてる?」

「んっ!」

「そろそろ白井さんがこられると思って、心愛ちゃんは自分から帰り支度をしていましたよ。ね?」


 笹川先生は優しい笑みを浮かべながら、心愛の頭をなでなでと撫でる。

 それが嬉しいらしく、心愛は『えへへ』とかわいらしい笑みを浮かべていた。


「――それじゃあ、僕たちはこれで」

「はい、お気をつけてお帰りくださいね。心愛ちゃんも、また明日ね」

「ばいば~い!」


 心愛の鞄もちゃんと持ち、俺たちは保育園をあとにした。

 そして、家に向けて帰っていると――。


「にぃに」


 何やら、心愛がクイクイッと服を引っ張ってきた。


「どうしたの?」

「おまつり、いきたい」


 祭り?

 あっ……。


「次の土曜日に、街で行われるやつのことかな?」

「んっ!」


 心愛は大きく縦に頷く。


 俺たちの地元ではなく、街中で行われる大きな祭りなので、心愛に祭りのことは伝えていなかった。

 それなのに知っているということは、今日保育園で聞いたのだろう。

 行きたいと言うなら、連れていってあげないと可哀想だ。


「一応母さんにも聞いてみるけど、多分大丈夫だよ」

「んっ!」


 よほど行きたかったのか、心愛はコクコクと一生懸命頷く。

 普段あまり遠くへは遊びに連れていけてないし、たまにはいいだろう。

 祭りくらいなら、母さんも許してくれると思うし。


 こうして、土曜日に祭りに行くことになった。



          ◆



 そうして迎えた、土曜日の夕方――。


「にぃに! はやく!」


 浴衣に着替えた心愛が、ピョンピョンと跳ねて急かしてきていた。

 この日を楽しみにしていたし、仕方がない。

 祭りは昼からやっているのだけど、お金がもたないので夕方からの参加にした。


「慌てなくても、祭りは逃げないよ」

「やだ、はやく……!」

「はいはい、行こうね」


 俺も準備が終わったし、忘れ物もなさそうなので出発できそうだ。

 そう思っていると――。


「んっ……!」


 心愛が俺の前に回り込んで、両腕を広げてきた。


「う~ん……」


 何を求められているかはわかるのだけど、今日はお祭りなんだよな……。


「だっこ……!」


 俺が渋ると、心愛は不満そうに服を引っ張ってきた。

 抱っこをしてほしいらしい。


「会場に着いたら、歩くんだよ?」


 人通りが少ないところならいいのだけど、人込みでは抱っこしたりすると邪魔になってしまう。


 かといって、まだ小さい心愛が人込みで歩いて、他の人に潰されないかも心配である。

 その辺は、状況に応じて臨機応変に対応しよう。


「お~まつり♪ お~まつり♪」


 抱き上げると、心愛はご機嫌な様子で体を揺らし始めた。

 ちょっと重みが出てくるのでやめてほしいところではあるけど、かわいいので放っておく。


「何か食べたいものある?」

「ん~? りんごあめ……!」

「じゃあ、りんご飴買おうね」

「んっ!」


 そんな会話をしながら、俺たちは駅を目指した。

 そして、会場に着くと――


「――やめてください!!」


 何やら、悲鳴にも近い叫び声が聞こえてきた。

 祭りだから、いろいろとあるとは思うが――どうにも、聞き覚えのある声な気がする。

 声がしたほうは人込みになっているし、問題が起きているのは間違いないだろう。


「にぃに……?」


 心愛も気になるようで、不安そうに俺の顔を見上げてきた。

 幼い子がいる状況で、問題に首を突っ込みたくはないが――。


「知り合いなら、洒落しゃれにならないもんな……」


 全然知らない他人なら、警察やらなんやらがどうにかしてくれ、とは思うが、知り合いに何かあったら寝覚めが悪い。

 確認くらいはしておいたほうがいいだろう。


 そう思い、俺は人込みの中に入っていった。

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