第3話「幼女の活躍」

「黒雪さん、待ってる人がいたんじゃなかったっけ?」


 これ以上はまずいと思い、心愛と黒雪さんを引き剥がす作戦に出ることにした。

 そうしないと、取り返しがつかないレベルで心愛が思い込んでしまいそうだ。


 ――いや、既に手遅れ感はいなめないが。


「あっ、今日これなくなっちゃったの。実は私、帰ろうとしてたんだよ」

「あれ、そうなんだ?」


 となると、さっきチャラ男たちに言っていたのは、嘘だったのか。

 まぁ、あながち嘘だったわけではないようだが。


「お姉ちゃんとお祭り回る約束してたんだけど、ドタキャンされちゃったの」

「どた、きゃん……?」


 言葉の意味がわからず、心愛がキョトンとした表情で小首を傾げる。


「『土壇場でキャンセル』を略した言葉でね、約束を直前でなかったことにすることだよ」

「お~?」


 人差し指を立て、笑顔で教えてくれる黒雪さんに対し、感心したように心愛は頷く。


 うん、絶対わかってないな。


「お兄ちゃんが今日祭りに行くって心愛と話してたのに、やっぱりやめたって言うことだよ」

「だめ……!」


 例えて教えると、心愛は頬を膨らませて俺を見てきた。

 手もしっかり交差させて、バツマークにしている。


「そういう感じのことだよって話だからね。心愛との約束をお兄ちゃんが破るわけないでしょ?」

「んっ……!」


 納得してくれたようで、今度は大きく縦に頷いた。

 これでよし。


「…………」

「ん? どうしたんだ?」


 心愛の頭を撫でようとしていると、何やら黒雪さんがジッと俺の顔を見つめてきた。

 顔に虫でもついてるのか?


「えっと……随分優しい口調だなぁって。学校ではそんなふうに話さないよね?」

「まぁ、幼い子を相手にするのと、そうじゃないとでは言い方が変わるだろ?」


 心愛に強い口調を遣ったら、心愛が傷ついてしまうかもしれない。

 だから優しく言うよう心掛けている。

 そうじゃないと、注意一つで泣かれるかもしれないし。


「ふ~ん……妹さんが好きなんだね?」

「そりゃあ、こんなにもかわいいんだから、当然だろ……! まるで天使じゃないか……!」


 俺は心愛を後ろから抱き上げ、黒雪さんに見せつける。

 すると心愛は、ニコッとかわいらしく笑った。


 うん、よくできた妹だ。


「親バカならぬ、兄バカだ……。でも、本当にかわいいよね」


 黒雪さんは心愛の両頬に手を伸ばし、プニプニと頬で遊び始める。


 心愛の頬はおもちみたいに柔らかくて弾力があるので、触ると癖になるんだよな。

 本人もそうされるのが好きみたいで、嫌がったことは一度もないし。


「私も、妹がほしかったなぁ……」

「お姉さんとは仲が良くないのか?」


 なんだか羨ましそうにしているので、つい気になってしまった。


「うぅん、凄く仲いいよ。家ではズボラだけどとても優しいし、外では完璧な人だからね」


 家でズボラなのに、外で完璧な人って――そんな漫画みたいな人、現実にいるんだな……。


 ――と思うが、黒雪さんの手前言葉にはできなかった。


「それじゃあ、単純に妹がほしかった感じか」

「うん、私末っ子だからね。まぁ、お姉ちゃんしかいないんだけど。子供好きだから、将来は保育士さんになりたいな~って」


 心愛のほっぺで遊べてご機嫌になっているのか、珍しく自分のことをいろいろと話してくれている。

 学校ではあまり自分のことは話さない印象だったので、意外だ。

 まぁ、周りがグイグイきすぎるから、自分のことを話したくない――というのはあったのかもしれないが。


「――あっ、ごめんね。お祭りに来たのに、私が時間取っちゃった」


 突然我に返ったのか、黒雪さんは慌てて心愛から手を放す。

 それによって心愛は、『むぅ……』と小さく頬を膨らませた。


 もっとやってもらいたかったのかもしれない。


「黒雪さんは本当に帰るのか?」


 祭りなのだから、彼女も楽しみたかっただろう。

 お姉さんがこれなくなって帰るのは、ちょっと可哀想だと思った。


「うん、まぁ……正直言うと、残念だけど……。ほら、さっきのようなことになっても困るし」


 黒雪さんが一人で歩いていれば、間違いなくまたナンパに遭うだろう。

 これだけの美少女が、放っておかれるはずがない。


「確かにそうだな……。それじゃあ、気を付けて――」

「やっ……!」


 ここで、彼女と別れようとした時――心愛が、黒雪さんの浴衣の袖をギュッと掴んでしまった。


「こ、こら、心愛……! 駄目だよ、放しなさい……!」

「やぁ……! ねぇねも、おまつりまわるのぉ!」


 本当に黒雪さんのことが気に入ったようで、心愛はイヤイヤと首を横に振って、袖を放そうとしない。

 これはかなり困る。


「帰るんだから、仕方ないでしょ……!」

「なんでぇ……! ねぇね、にぃにのこいびとしゃんなのに、なんでかえっちゃうのぉ!」


 心愛の疑問は当然のことだ。

 俺たちが付き合っているなら、仲良く祭りを回るのが自然の流れだろう。


 しかし――実際は、俺と黒雪さんは付き合っていないのだ。


 正直に付き合っていないことを心愛に教えるべきなのだろうが、嘘だったとわかればガン泣きするだろう。

 そしたらもう、今日のお祭りは回れない。

 そんなことになったら、今日を楽しみにしていた心愛が絶対に明日以降引きずるのは、目に見えている。


 落ち込む妹の姿など、兄としては見たくなかった。


 仕方がない……。


「ごめん、黒雪さん。俺たちと一緒に回ってくれないか……?」


 心愛を傷つけないためには、黒雪さんに一緒に回ってもらうしかない。

 俺なんかと回るなんて、彼女は嫌だろうが――助けたお礼とでも捉えてもらうしかないだろう。


「一緒に回って、いいの……?」

「むしろ全力でお願いしたい……。それにほら、さっきのチャラ男たちがもう祭りにいないという保障はないから、黒雪さんがいない状況ではち合わせするとめんどくさいからさ」


 我ながら、よく咄嗟とっさにこんな言い訳を思いついたと思う。

 これなら自然じゃないだろうか?


 そう思っていると――。


「そっか……うん、そうだね。それじゃあ、お願いします」


 黒雪さんは、満面の笑みで頭を下げてくれた。


 嫌々どころか、とても素敵な笑顔だ。

 もしかして、俺と回ることは嫌がられてないのか?


 そう思ったのだけど――。


「んっ! ねぇね、いっしょ!」


 心愛という、天使のようにかわいい女の子がいるのだ。

 彼女が嬉しそうにしてくれているのは、心愛のおかげだろう。


 ――と、俺は結論づけるのだった。

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