自信満々な敗者

「おじいちゃんとおばあちゃんは何しに来たの?」

「邪魔」


 その二文字だけで十分だった。


 楽しみにしていた帰省の帰りに水をぶっかけられて不機嫌になっていた祐介は浅野さんたちのおかげで少しはましな顔になっていたが、それでも面白くなさそうなことに変わりはない。

 それだけでも、あの二人にこっちこそ水をぶっかけてやる正当な理由だと思う。


「いやー、なんとなく想像つきますけど何言われたんです?それこそ大事な大事なお孫ちゃんを自分の思うとおりにさせろって」

「全くその通りですよ。夫が成功したから同じ事をやらせろって」

「バカですよねー」

 夫が成功したのは、うぬぼれでも何でもなく私のおかげだ。どれだけ頑張っても応えてくれない両親に失望して十歳にして無意識に自殺未遂まで犯したような人間を作り出しておいて何が成功だ。

「っつーかですね、ここまで来られてるってマジヤバくないですか?それこそ接近禁止命令でも出してもらうとか」

「難しいでしょうね。直接的な被害はないわけですし。確かに平田譲と言う存在はそれなりに有名ではありますがあくまでも一サラリーマンです。それこそ風評被害を撒かれるとかでなければ警察も動きにくいでしょう」

「民事不介入か」

 夫の言う通り、あくまでも旅行帰りに話をしようと言われただけに過ぎない。

 従わなければどうこうとか言う話がなかった訳ではないが、聞きようによっては孫の将来を真摯に心配する真面目なおじいちゃんおばあちゃんであり、別に害を加えるとか言う意図はなかったとごまかす事は可能だ。あの二人にそんな気があるのかはともかく、これではちっとも解決にならない。

 絶縁状態を気取った所でこっちが半ば一方的に宣言すらせず自然消滅を待っただけと言う消極的なそれでしかなく、むしろあちらが言い出したとも言えなくはない。それならそれで好都合だが、その場合こちらは受け身とも取られかねない。

「何と呼ぼうがバカはバカですよ。どんなに言葉を飾った所で自分たちの方がうまくできるんだってアピールでしかないんですよ、おバカな息子と娘なんかよりずっとうまくできるって」

「あなた」

「でも事実です。二人ともまったくためらう事なく自分の考えた理想のプランを披露する姿はとても大手企業の幹部とその妻でコンビニ店長の方とは思えません」

 還暦ともなればそれなりに落ち着きが出てしかるべきだし、仮にも大企業の常務様とか言う社会的立場があるような人間が入社一年目のビジネスマンでもしないようなゴリゴリのゴリ押しなプレゼンテーションをするなどあり得ない。



 それこそ、バカとしか言えないだろう。



「自分が邪魔だと思ったから邪魔。それだけなんでしょうね。多分藤木家はミニマリストをはき違えたような、何の物もない家になってるんじゃないですかね。

 あるとすればそれこそ課長や政美さんがおっしゃっていたような目の玉が飛び出そうなほどの額の預金通帳とかだけで。そりゃ金は大事ですけどそのためだけに生きてるだなんて寂しいじゃありませんか」

「そんな事はないでしょ、教科書と参考書ぐらいはあるでしょ」

「そうかそうか、こりゃ失礼!」

 さっき止めた風だった康子さんまで乗っかり出す。上司の妻である私がゴーサインを出したせいでもないだろうが、浅野夫婦にとっても藤木夫婦はそういう存在として見られていると言う事なのだろう。


「でもさ、結局新しい物を作らないとあっという間に飽きられてしまう。メタルミューが当たったからと言って次が当たるとは」

「ったく、驕り高ぶるのは確かに良くないけど自信をわざわざ奪ってどうするんですかね。自分が親であり常務様である事を示して威張りたいのはわかりますけど空しいですよ正直。それこそ見栄っ張りじゃなきゃ何なんですかね」


 金儲け主義の見栄っ張り。


 それこそ、どこに出しても恥ずかしい嫌な人種じゃないか。


 あるいは私が知らないだけで孤児院とかにでも寄付しているのかもしれないが、前科幾犯の人間がそれをやった所で色眼鏡を叩き壊すのなど無理だ。

 あの様子だと、夫がメタルミューと言うオモチャを作っているのさえも気に入っていないかもしれない。

 どうしてもっと人様のためになる物を作らないのか、あるいは私がキャッチモンに触れさせたせいで人生が狂ってしまったと思っているのかもしれない。



 キャッチモンもメタルミューも、確かにオモチャだ。



 だが、藤木譲と言う人間よりもずっとオモチャらしいオモチャだ。



「ゲームはクリアすれば終わりです。しかし人間が産まれてから最後まで見届けるなどほとんど不可能ですよ、ディオファントスじゃあるまいし」

「それって不幸な話ですよね確か」

「あー、テレビでやってた」

「そうなんだ、まあ僕もテレビ番組でしか知らないけどね」

 ディオファントスと言う人がどういう人なのかは知らないけど、少なくとも子どもの一生を見届けた事はわかる。つまりはそういう事であり、正直幸せとは思えない。

 それこそ平田祐介と言う人間の一生を見極めたければ、あと六十年は生きなければならない。その時には百二十歳を超えて日本一の長寿者であり、ゲームよりよっぽど絵空事めいたお話でしかない。


「お父さん、メタルミューで何とかできないの」

「無理だろうね」

「そう……」


 したくもない成長の仕方をしてしまった我が子。本来ならば自分の大好きなパパが作った大ヒット商品なのにとか駄々をこねても許される年のはずなのに既にあきらめを覚えてしまっている姿は、それこそ子どもの無限の可能性を踏みにじる言動のなせる業でしかない。


「俺はもう堪忍袋の緒が切れましたよ。だいたい平田政美さんが藤木政美さんにならず、藤木譲課長が平田譲課長になった時点でそういう事ですよね。そこまでやられてるのにわからないなんて、あそこの会社はマジヤバくないですか」

「会社は関係ないんじゃ」

「いや常務なんでしょ、十分ありますよ。

 そのジジイが勤めてる食品会社と僕たちの会社は別業種かもしれませんけどね、課長の作ったメタルミューや他の商品に乗っかってなんか商品を売り出さないとは限りませんよね。もしそうなったら僕が止めますよ、平田課長の子ども時代を無茶苦茶にした毒親だってね。ああもちろんその母親も同類だって」


 毒親でも何でも客は客かもしれないが、それでも企業イメージは大事だった。わざわざ他社のスキャンダルを言い触らすのは道徳的によろしくないのは言うまでもないが、上層部の人間が実の子である平田譲と言う存在に虐待めいた行いをしていたとなると話は違ってくる。しかもそれを反省していないどころか孫にまで同じ事をしようとしていたとなると、いくらあと一年で定年退職となっても正直取引に二の足を踏む社も出るだろう。

「いつか二人を何とかできるような物を作りたいね」

「ま、手助けはしますよ」

 

 そこまで言われてもなお人の好い言葉を返す夫は、単純に素敵だった。

 この素敵さを作って来たのがあの二人ではない以上、私はこの人の一生を見届ける事にした。

 同い年の夫婦として、元幼馴染として。

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