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 南暦36,055,5年 蒼穹の月 25日

 新人類推進委員会本部所属 調査員 ××× ××

 嫉妬と独占と依存についての調査記録 №20

 

 我々が将来的に新人類として地球で生活するにあたり、旧人類にあって我々にはないもの、即ち感情は、かねてより重要な調査及び研究対象とされてきた。今回は主に、嫉妬心、独占欲、依存心について調査した。調査にあたっては、日本の東京都内の大学に通う青年『根尾アキラ』の魂と調査員の魂を入れ替え、彼の器を用いて、調査員が対象者へと接触した。

 我々と旧人類の唯一と言っていい共通点は、身体構造がおおまかに魂とその器で構成されているという点である。新人類の魂と器の分離技術が開発されてから久しいが、今回の調査では実験的な試みとして、旧人類の魂と器の分離、及びその入れ替えが行われた。具体的には、調査対象者『伊藤ナツキ』と『山内リョウ』の魂と器を入れ替えた。

 なお、留意点として、『伊藤ナツキ』と『山内リョウ』は番いである。また、調査の終盤、調査員に著しい危険が及んだため、急遽調査を中止し、魂の分離を元に戻した。そのため、調査員は身体と魂ともに無事であったが、元の器の所有者であった『根尾アキラ』は死亡、後に魂の消失が確認された。

 第一に、嫉妬について。

 『伊藤ナツキ』(以下、『ナツキ』と呼称する)は、他の旧人類に比して嫉妬心が過大であるとして、今回の調査が行われる以前からも調査対象とされてきた。ナツキの嫉妬心は番いの相手である『山内リョウ』(以下、『リョウ』と呼称する)に近づく雌に向けられており、ナツキはそういった雌の旧人類をこれまでに七体殺害してきた。

 今回の調査において、『根尾アキラ』の器に入った調査員はまずリョウに近づいた。これは本来、同性の親しい友人の登場によってリョウの持つ依存心がどう変化するのかを調査するための行動であったが、結果的に、リョウは調査員に対し淡い情欲を抱き、ナツキは調査員に対し嫉妬心を燃やした。これは調査員の容姿が旧人類の文化的見地からして通常雌が持っているはずの特徴を幾つも備えていたためだと推測しているが、真相は定かではない。旧人類の文化について、これまでより深い理解が必要である。

 ナツキは調査員を雌だと誤解し、またリョウが調査員に向ける情欲を察知したため、調査員に対し強い殺意を抱き始めた。しかし、魂の入れ替わりが起きてからしばらくの間、その殺意は鎮火したかに見えた。調査員が雌であるという誤解が解けたからだ。だが最後には、ナツキは調査員を殺害しようとし、これによって調査は中止となってしまった。

 ナツキの嫉妬心が雄にも向けられるということは、嫉妬心とは、番いの相手を取られたくないという不満から噴出する感情ではないことになる。あるいは、ナツキのリョウへの依存心の表出の仕方が、我々が理解するところの嫉妬心の表出の仕方と類似している、という見方もできるかもしれない。

 第二に、独占について。

 今回の調査において、調査員自らが独占欲という感情の再現を試みた。つまり、感情を持たないはずの調査員が、これまでの研究で得られたデータをもとに、あたかも感情を持っているかのように振舞った。

 昨今の委員会では、嫉妬心と独占欲は類似した感情であるとの指摘が増えてきているが、今回の調査結果は、その指摘の正当性を強めるものとなっただろう。今回調査員は、ナツキへの独占欲を発揮した、という演技をした。当然の帰結としてナツキの番いであるリョウに嫉妬に似た感情を抱くことになるが、ナツキとは異なり、リョウに対して殺意を抱くことはなかった。ナツキが嫉妬心を発揮する目的は『リョウを誰かに奪われないため』であり、調査員が独占欲を発揮する目的は『ナツキを自分だけのものにするため』である。この二つの目的は明らかに同種である。しかし、調査員は言葉による交渉及び駆け引きによってリョウからナツキを直接奪おうとしたが、ナツキはリョウに秘匿する形で、敵に明確な殺意を持ち、謀略によって雌を排除した。

 独占欲を発揮したのが感情を持った旧人類であった場合、ナツキと同様に殺意を持って謀略を巡らせていた可能性も否定できない。交渉及び駆け引きによって相手を自分のものとするか、謀略によって敵を排除して相手を自分のものとするかという点が独占欲と嫉妬心を区別しているのか、現時点で断言することは難しい。

 第三に、依存について。

 依存心については主にリョウを対象として調査が行われたが、前述した通りナツキも強い依存心を持っている可能性を否定できない。記録全体を通していえることだが、我々新人類が旧人類の持つ感情をはっきりと区分するのは、現在の研究水準では不可能に限りなく近い。

 リョウにとってのナツキは自分の心臓に等しい。ナツキがいなければリョウは死んでしまう。旧人類の社会の中で、リョウはそれほど弱い立場にあった。

 調査員はナツキに対して独占欲を発揮したが、それがリョウの行動指針に変化をもたらすことはなかった。リョウが調査員に向けて嫉妬心を発揮することはなかった。旧人類の感情を一律の基準で判別することはできないという説は研究当初から存在するが、ナツキが依存心を抱いていると仮定した場合における、この顕著な行動の違いは、今後の新たな調査対象となり得るだろう。




 以下、調査員の個人的追記。

 旧人類の持つ感情を科学によって解明し、新人類が感情を再現する試みはどだい不可能なのではないか。確かに我々は旧人類には及びもつかない圧倒的な科学力を有しているが、感情についての理解は旧人類に軍配が上がるだろう。だからこそ、ナツキとリョウは互いの嫉妬心と依存心を受け入れている。

 我々は彼らを旧人類と呼べるほどの上位存在ではないのではないか。自らを新人類と称する我々は、聊か傲慢が過ぎるのではないか。

 いや、感情を持たない我々が傲慢になどなるはずがないか。

 余計な思考だった。追記は本部へ提出する際に削除してもらっても構わない。




 以上、記録終了。




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嫉妬と独占と依存についての調査記録 ニシマ アキト @hinadori11

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