第37話 生贄

 一ヶ月を費やした計画が終わり、リュウと女王が対面する日となった。指定された時刻にホワイトパレスの王の間に侵入する。衛兵が一人、待ち構えていた。衛兵の案内でバスルームへ入ると、バスタブにたっぷりの湯が用意されていた。地下牢を脱出してからのリュウは満足に体を洗っていない。ハーブを浮かべた湯で清めよ、ということだ。

 爽やかな香りに包まれ、真新しいブラウスとズボンをまとう。緊張が連続する日々の中で、ようやく人心地がついた気がした。

 衛兵にうながされてバスルームから出ると、にこやかな笑みの女王キャサリンが待っていた。


 キャサリンは、すっと体を寄せてリュウの髪に手を伸ばす。身構えたリュウに、彼女は柔らかく微笑んだ。


「髪が乱れていますわ」


 細い手がリュウの髪を撫でた。


「あ、ありがとうございます」


「さあ、結果発表よ!」


 キャサリンは両腕を広げ、得意げに胸を張る。


「最初の異邦人は、すぐに住民登録されました。ところが、二番めがね、消えたの。魔道士会AFSに連れて行かれたはずなのに、まだ住民登録されていません。本部と支部に問い合わせましたら、『その日その場所で異邦人発見の記録はない』という回答でした」


「陛下の思惑通りだったというわけですね」


「そうよ。しかも、この二番めの村では、第一発見者役の者が、魔道士会AFSから高額の口止め料を受け取っています。魔道士会AFSの関与は確定ですわ」


 計画通りに事が運んだので、リュウは胸を撫でおろした。ずっと気になっていたことを聞いてみよう。そう思った。


「(一ヶ月で三件も、異邦人が出現する井戸を予見できるのですね)」


 そのように問おうとしたが、リュウが発声することはできず、ただ口をパクパクさせただけだった。


(あれ? どの部分がなんだ?)


「どうしましたの?」


「先日の三つの井戸を選定した基準を知りたいのです」


「常駐の魔道士がいない集落で、なおかつ、横井戸ではなくて縦井戸のところね。横井戸から異邦人が出たという話はありませんから」


「(そこから異邦人が出現すると、予見する方法を教えてください)」


(あ、あれ? これも言えない?)


 リュウの意をくみ取ったキャサリンは、発せられなかった問いに答えた。


「あれは、異邦人ではありませんわ」


「え、」


「志願した兵士たちよ」


「さ、三人とも……?」


「そう」


「い、一名、復元に至りませんでしたが……」


「他薦ではなく志願者です。計画実行時は痛みの緩和に努めました。殉職した者の遺族に手厚い年金を取らせることで、本人の了解を得ていますよ」


「殉職……」


 キャサリンのいつも通りの涼やかな表情と若い娘らしい口調が、発言の重さを中和する。その軽やかさに惑わされないように、リュウは死を意味する単語を反復した。


「あなたが気に病むことはありませんのよ」


 優しい気遣いの声が、リュウの耳を通り抜ける。


魔道士会AFSの不正の決定的な証拠を記録したのは、あなたです。今の立場が罪人であったとしても、魔道士の記録の証拠能力は高いのです。それを活かして、魔道士会AFSの浄化の端緒とするのです」


「陛下! 陛下!? 正気ですか!?」


「正気よ。何か?」


「――――!! ああああああああああああ!」


 女王の御前という場をわきまえず、リュウは頭を抱えて叫んだ。


「あなたは元の世界へ戻りたいのでしょう? 私も他の世界のことを知りたいのです。ですから、まずはあなたが自由に行動できる立場にならなくてはいけないのよ。そのために恩赦を与えたいの」


 聞き分けのない子に諭すように、キャサリンは言い含める。


(狂ってる!)


 リュウがそれを声に出すことはできなかった。顔をゆがめて悶え、衝動的に転送の詠唱を行い、王の間を離れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る