第33話 地下牢の女
(あーあ。いつかバレるとは思ってたけど、こんなタイミングでか……。陛下に対してガラクタを飛ばしちゃった件と、師匠を消した件。二度も宛先不定の転送魔術を使って、しかもどっちも国の重要人物を巻き込んでる。もうダメだな……)
女王はすぐさま勅令逮捕状を発布し、自身の権限の元にリュウを置こうとした。しかし、先んじて魔道治安部隊が請求した通常の逮捕状の方が早く動き出し、それにのっとってリンドウ・リュウの逮捕と移送が始まってしまった。金属とマナで多重に拘束されたリュウは、ニューキャッスルの地下牢へと放り込まれたのだった。
ここは、未決囚を一時的に収容するための施設で、狭く暗い。収容可能な人数が少ないためにほとんど使われておらず、鉄格子にはうっすら埃が積もっていた。
リュウは、土を踏み固めただけの地べたに座り、自分を閉じ込めている鉄格子を眺めてぼうっとしている。
カークランド国では、告発者が魔道士である場合は真実性が担保されるとして、審理が大幅に簡略化される。リュウの有罪は即刻確定し、あとは量刑の決定を待つばかりである。
不思議とリュウは平静を保っていた。特にリリジャールの件については、常に心に
(言葉通り、照り輝く太陽の元でさらされたんだよな。ははっ)
リュウは力なく失笑した。
(あの場は、僕を告発するだけじゃなくて、女王の顔にも泥を塗る最高のタイミングだったし)
サイラス・ショーは、左大臣マロリーの信念の共鳴者であることを隠しもしないことで有名だ。そんな彼が
(いや、もう、笑うしかないでしょ)
ここでは魔術を使うこともできなかった。
大気中に存在するマナは、地面から湧き出る水のように自然と供給されるものだ。しかし、短時間に大量の
(出口にいるのはゴリラみたいな武道兵だし、脱出は不可能だな)
番兵が交代する時だけ、人の気配があった。
リュウは特に何もせず、うなだれて土を見つめている。
おそらくもう夜も更けている頃合いだが、全く眠くならない。
座り続けて腰が痛くなると姿勢を変える。
そうやってぼんやりと過ごしていると、複数の足音が聞こえてきた。
ザジッザジッひたひたザジッザジッザジッひたザジッひた……
軽装の兵士に前後を挟まれて、裸の女がやってくる。
兵士二人は地下牢の番兵に敬礼した後、女をリュウの向かいの牢に閉じ込めた。
「ほらよ。今日の寝床はここだとよ」
一糸まとわぬ姿の女は、おとなしく牢に入った。体を隠す様子もなく泰然としている。顔と体つきは成熟した女性だが、赤ん坊のような桃色の肌で、頭髪は老婆のようにかすれた灰色だ。
「ほんとにいい女だよな」
食い入るように見つめるリュウの視線に気づいた兵士が、軽い調子で言った。
もう一人の兵士がそれをたしなめる。
「やめとけ。こんなバケモノ」
「バケモノでも美人は美人よ。ほら、勲一等様もじーっと見てるじゃないか。うひひ」
「おい、やめとけって。無駄口たたいてないで、さっさと行くぞ」
いくら囚人とは言え服の一枚も与えないのは酷い。そう思ってリュウは自分の服を一枚脱ぎ、兵士を介して女に渡そうとした。
「あ、あの、あちらの女性にこの服を渡して欲しいんですが……」
軽口をたたいていた方の兵士が下卑た笑いを浮かべながら答える。
「ひひっ。こいつは狂ってんのサ。服を着ようとしないし、まともに話はできねえよ。いつだって裸で男を誘ってきやがる」
女の甲高い声が割り込んできた。
「なぜ服を着ないかって? 服を? 着ないかって? 着ないかって? 若返った肉体を確認し続けるためよ! この老いた髪の毛が視界に入ると、気が滅入りますから! ああ! みずみずしい肌を見て、触れて、触れて、触れて、触れて、触れて、確かめていたいのよ!」
そう叫んだ女は、両手で自分の体を撫でまわした。
(若返った肉体……?)
まくし立てるような早口だったので聞き取りにくかったが、たしかにそう聞こえた。
「ねえ見て! この体のせいで、私、不幸になったの! でも老いるのはダメ! 死にたくない!」
「なんだ、この女。今日はずいぶん喋るな。おい、うるせえぞ!」
兵士が止めても女は構わなかった。
それまで虚ろだった視線をリュウに合わせ、しっかりとした口調で話し出す。
「あなた、この国では珍しい顔をしているわね。懐かしい」
「僕……のことですか……?」
「そうよ。キャサリンから聞いてるわ」
「……?」
「私は
耳を疑い唖然とするリュウの横で、二人の兵士は笑い出した。
「ぶっ、ぶはははははは!」
「何言ってやがんだこいつ!! わけわかんねー!」
狭い地下牢に笑い声が響く。入口付近にいた番兵が、リュウたちの方へ近づいてきた。
「あ、さーせん、うるさくしすぎました」
「すぐ帰りますんで」
二人の兵士が軽い調子で謝る。
その直後、番兵の振り上げた戦斧が二人の首を飛ばした。
頭を失った二つの体が、どっと倒れる。首の切り口から噴き出す鮮血は、片方がリュウのもとへ、もう片方は女のもとへ飛び散った。
番兵は無言のまま地下牢の入口へ戻る。騒がしい兵士が死んで、静けさが戻り、二つの血溜まりができた。
リュウはなぜか首の断面から目をそらすことができず、数秒間それを見つめた後、激しく嘔吐した。昼から何も食べていなかった彼は、口から唾液と胃液をしたたらせてえずく。
「うぇ、うっうっ、げほっ」
(――なんだこれなんだこれなんだこれ――)
涙のにじむ目で向かい側の牢を見ると、女と視線が合った。
「いっけない。名乗るタイミング間違えちゃった。この人たちがいなくなった後に名乗れって言われてたのに。ごめんなさいね」
(――なんなんだよこの状況――)
リュウの全身から力が抜けていく。五感が麻痺したような感覚に陥り、自身が吐き散らかした床に伏せて、気を失うように眠りに落ちていった。
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