第32話 叙勲
期日を設定しない口約束は、履行されない。どこの世界でもそれは同じで、ハンウェーの「また後で連絡するわ」から一週間経っても音沙汰ない。リュウは翌日こそ気をもんで待っていたが、にわかに身辺が慌ただしくなり、エミリーの涙のわけを考える時間は減っていった。
というのも、書籍偽造の件が解決した後、すみやかに音読調査が再開され、終了したのである。女王キャサリンは間をおかずに『カンクロ』の著者が魔道士であるという事実を公表し、
それに続いて勲一等の内定通知をリュウが受け取ったのは、雨の午後だった。プリムラの作成した魔術スクリプトの添削をしていると、フラッドリーヒル宮殿の自室のドアがノックされた。伝令兵が持っていた封書には、王家の印が押されていた。著作による功績を称えて勲章を授けるといった旨が記されている。もらえるものはもらいたいので、受け取るという返事をしたため、伝令兵に託した。
伝令兵との一通りの格式ばったやり取りののち、リュウはこっそり聞いてみた。
「僕、何すればいいのか全然わからないんですけど……」
「親授式は王都です。制服を新品にして、靴は磨いて。髪も整えた方がよろしいかと。会場には家族も呼んでいいんですよ。その場合は、ご家族も正装をお召しください。それから、今回の受章者はリンドウ・リュウ様おひとりですので、新聞社のインタビューなんかが集中すると思います。受け答えを想定しておいたほうがいいかもしれませんね。あと三日で親授式です。がんばって準備してくださいね。内示から三日って聞いたことないんで、マジで支度が大変だと思いますよ」
左大臣マーク・マロリーと先を争って
(個人的に毎日呼び出してくるんだから、もっと早く教えてくれ!)
時間に追われて準備する合間に、リュウは
一位以外は政治力と関係なく、ほぼ魔道士としての能力の序列で、年齢を重ねて熟達して位階が上がるのが普通だ。
十代で位階を得ることも異例である中、リュウが十六歳でいきなり従三位となったことで世間は大騒ぎした。
師匠であるリッド・リリジャールと同居していたために、自宅まで記者が押し掛けるようなことはなかったが、授与式の後のお披露目パーティーでは質問攻めにあった。
(あの時は師匠が家族だったけど、今はそういうのいないな。どうしよう)
自然と、プリムラ・プロウライトとジョナス・ハンウェーの顔が思い浮かぶ。列席を頼んでみると、二人とも自分のことのように喜び快諾してくれた。
式の当日は雲一つない快晴で、会場のウェルワース宮殿は爽やかな空気に満たされていた。
晴れ着姿のプリムラとハンウェーは、祝賀パーティーの催される屋外で待機するように案内された。受章者であるリュウのみが宮殿内に通され、儀典の間へ入る。
親授式そのものは非常に簡素なものであった。女王より勲章を授けられ、労いの言葉をいただき、退出する。ただそれだけである。日頃から女王と関わっているリュウにとっては緊張感を欠く儀式だった。
かつて臨んだ魔道士官としての親任式の会場は、北方辺境フラッドリーヒル宮殿の儀典の間であった。そこで目にした王家の威容を、リュウは今でもよく覚えている。ふんだんに消費される魔道リソースの量に圧倒されたのだ。宮仕えを続けるうちにその魔道的な規模には慣れたので、王都ウェルワース宮殿の儀典の間では物怖じしなかった。
今日この日、リュウは別種の緊張を味わった。それは祝賀パーティーの会場でのこと。よく手入れされた芝の庭園に、二百名もの招待客が集っていたのだ。四百の視線がただ一人に注がれる。
(聞いてない!)
庭園へと続くテラスで尻込みするリュウを、女王は微笑みながら眺めた。
「伝えておらぬゆえ。じきに慣れる」
女王の後ろについて、日の射す演台へと進む。
招待客が拍手を鳴らす様は、無数の蝶の羽ばたきに見える。
女王が演台に立つと招待客は静まり返った。
「この良き日を皆と共に迎えられたことに感謝する。
マナの発見から三百年が経った。魔術を覚えた先達は、それを魔道として体系立てた。魔道は生活を豊かにし、豊かさを享受する我々は更なる発展を求めている。
しかし今日、魔道の発達が停滞していると嘆く声がある。
改革的な進歩をもたらすためには何が必要か?
そう。
作家メッセンジャー、すなわち魔道士リンドウ・リュウの著作によって、
今こそ我々は、
彼岸の生まれながら
カークランドは常にリンドウ・リュウに寄り添い、支え、援けていこう。
より良い未来のために!
もっと世界を知るために!」
女王が世界間移動の研究への支援を宣言した瞬間であった。
「続いて、受章者リンドウ・リュウに女王陛下の祝福を授ける。リンドウ・リュウ殿、一歩前へ」
進行役の男性がおごそかに言った。
(この段取りも聞いてない!)
再び戸惑うリュウに、再び女王は微笑む。
一段上におわす女王は少し腰を曲げ、リュウの額に口づけをした。
庭園は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。同伴者用の特等席にいるプリムラとハンウェーも、立ち上がって拍手をしている。記者たちは、女王のスピーチについての速報を転送魔術で報道機関へと送る。乾杯に続いて飲食物の提供が始まり、音楽隊による演奏が雰囲気をより一層明るくした。
リュウは、晴れやかな気分だった。空は高く青く、招待客はみな笑顔だ。彼らからリュウへかけられる声は優しく、心からの励ましやねぎらいの意が感じられた。ここ数ヶ月は女王キャサリン・カークランドに振り回される日々が続いていたが、彼女の用意したこの宴で、今までの苦難が少し報われたような気がした。
「お集まりの紳士淑女のみなさま。ここで、
進行役の紹介に続いて、古式ゆかしいローブに身を包んだ男が来賓席を離れて演台に進み出た。
「栄えある勲一等を受賞されましたリンドウ・リュウ様に心よりお祝い申し上げます。また、それに先立って音読による
サイラス・ショーは一息ついた。そして、述べた。
「魔道士リンドウ・リュウは、
列席者の顔から一様に笑みが消えた。不思議そうに首をかしげる者、強張る者、理解できずに祝辞の続きを待つ者。
「繰り返し申し上げます。
突然の告発に、招待客がざわめき出し、進行役は青ざめ、兵士は武具に手を添えた。
一小節遅れて、音楽隊の演奏が止まった。
「捕えよ!」
上級武道士官の号令があった。続けて上級魔道士官も同じ号令を発した。
近衛兵は女王を護り、庭園から屋内へと引き摺るように退避させる。
武道兵と魔道兵が幾重にも被告人を取り囲み、金属とマナで被告人を拘束した。
リンドウ・リュウは弁明の機会を与えられず、また仮に機会があってもそれをすることあたわず、ただ黙って状況を受け入れることしかできなかった。
新聞記者たちは授章式の詳報を書いていた手を止めて、降って湧いた曝露と逮捕劇についての速報をしたため、転送魔術にのせて世に送り出したのであった。
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