第4話 第4戦 岡山

 朱里は、岡山が初めてである。中学生のころから走っているが、富士にあるT社のアカデミーに所属していたので、東日本と鈴鹿のサーキットは経験があるが、西日本の岡山と大分のオートポリスは未経験だった。

 7月の半ばの週末、梅雨明けが近づき、蒸し暑い日となった。予選Q1は山木が担当し、1分22秒040で7位に入り、Q2にすすむことができた。サクセスウエィトは前回と同じ70kg。3番目に重いウエィトになっている。チームの方針で100kgになったら燃料を制限するリストリクターをつけることにしている。

 Q2は朱里の担当である。重いウエィトと慣れないコースに手こずり、8位に落ちてしまった。朱里はしょげているが、山木が

「こういうこともあるさ。何事も経験だよ」

となぐさめてくれたが、朱里は涙が止まらなかった。

 予選の結果は次のとおりである。

 1位 H社 №7  高橋・大木組 ウエィト 40kg

 2位 N社 №14 樋口・伊藤組      20kg

 3位 N社 №3  山上・マリア組     58kg

 4位 T社 №36 工藤・高山組      58kg

 5位 H社 №17 米山・前田組      28kg

 6位 H社 №1  野沢・玉木組      68kg

 7位 H社 №5  飯田・リリア組     74kg

 8位 T社 №11 山木・野島組      70kg


 その夜の作戦会議は重苦しかった。14台中、8位からのポジションからのスタートである。まともな作戦では上位に食い込めない。監督の館山は奇策を求めていた。だが、なかなかいいアイデアはでない。

 そこに野島父が突拍子もない提案をしてきた。

「朱里をスターターにして、8位ポジションをキープさせ、後半山木さんに抜群のテクニックで女性ドライバーたちを抜いていくというのはどうですか?」

 それに対し、朱里がスタート直後の混乱に巻き込まれないかという心配がでたが、監督の館山はGT300を抜く確率が高い後半よりはGT500の戦いに集中できる前半の方がむしろ安全かと判断し、

「よし、今回は朱里をスターターとする。交代は42周をめどとする」

 と決定をくだした。


 決勝日、この日も蒸し暑い日となった。タイヤは全チームがハードを選択した。

タイヤがあたたまるまでは無理ができない。朱里は、昨夜なかなか寝付けなかった。初めてのスターター。ローリングスタートはカート以来だ。スタートラインを越すまでは前のマシンに合わせて走らなければならない。万が一、前のマシンがペースを落としたら、自分のペースも落とさなければならない。ただがむしゃらにアクセルを踏めばいいというわけではないのだ。

 レーススタート。朱里は隣にいる飯田を追い越さないように、気をつけて走る。スタートは無理しない。あくまでもポジションキープだ。前を見るより、後方カメラを見ることの方が多くなった。スリップにつけられるとランプがつくので、その時は左右にマシンを振る。前回のように追突されることを避けなければならない。同じあやまちはしない。それが朱里の鉄則だった。H社の飯田は、毎年チャンピオン争いに食い込んでくるベテランだ。去年のランキングは3位だった。まるで、飯田の走りを見る生徒のようだった。女性ドライバーだけの後半では、他のドライバーの走りを見るということはなかった。朱里はある種の充実感を感じていた。

 20周目、上位でトラブルが起きた。GT300とからんだN社の山上が接触してコース外で停まったのだ。コース復帰は果たしたが、順位を大きく下げた。それで朱里は7位にポジションを上げた。

 30周目、飯田がGT300を追い抜く時に無理をして、オーバーランをした。すぐにコースにもどったが、コーナーでふらつくようになった。朱里は(抜けるかも?)と思った。ねらいは裏ストレートからの右の90度コーナーだ。

 31周目、飯田がブレーキを早めにかけるのを確認する。

 32周目、アウトに出て抜こうとするが、飯田にインをおさえられて抜けず。

 33周目、インに入ろうとして、飯田がインをしめにかかってきたところを左に出てブレーキング競争をしかけた。飯田はアウトインアウトのラインがとれないので、早めにブレーキをかけた。朱里が頭ひとつ抜け出た。だが、ブレーキポイントは過ぎていた。オーバーランだ。グラベル(砂場)につかまると思われたが、なんとかグラベルを脱出することができた。だが、順位は大きく下がった。ペースもあがらない。ハンディを消化する1時間を越えたので、35周でドライバー交代を行った。

 朱里はヘルメットをとらずに、無言でいる。野島父が脇にいるが、だれも声をかけられなかった。全車ドライバー交代が終わって順位を見ると13位だった。後ろはN社のマリアだ。山木はマリアに抜かれまいと必死の走りだ。マシンのバランスが崩れているみたいだ。

 結局、13位でレースが終わった。0ポイントで終わってしまった。2戦連続ノーポイントとなってしまった。朱里はずっと無言だったが、だれも朱里を責めないのがつらかった。あそこで、無理をしてポジションキープをしていれば、こんな結果にはならなかった。だが、そんな守りの走りができるだろうか。いける時にはいく。それが自分の走りだと朱里は思っていた。山木もそのことはわかってくれているから、朱里を責めないのだ。だが、チームはどうだろうか。トラブルメーカーのドライバーはチームから嫌われる。それは朱里も父からさんざん聞かされている。

 レースの結果は次のとおりである。

 1位 N社 №14 樋口・伊藤組     30P

 2位 H社 №1  野沢・玉木組     49P

 3位 T社 №36 工藤・高山組     40P

 4位 H社 №17 米山・前田組     22P

 5位 H社 №7  高橋・大木組     26P

 6位 N社 №15 武田・鈴木組     10P

 7位 T社 №37 依田・クリス組     9P

 8位 N社 №4  浜田・松木組      5P

 9位 H社 №6  副島・宮本組      3P

10位 H社 №8  小田・佐伯組      3P


13位 T社 №11 山木・野島組     35P

14位 N社 №3  山上・マリア組    29P

 その日から朱里はMOTEGIのシミュレーションとカートでの練習に明け暮れていた。遊びや休憩とは無縁の1ケ月を過ごしたのである。

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