第3話 第3戦 富士

 6月半ば、富士での450kmレースが開催された。今年初のロングランレースである。ドライバー交代は最低2回しなければならない。朱里のいるチャレンジチームは第1スティント(パート)と第3スティントを山木が担当し、朱里が第2スティントを担当することになっていた。一人のドライバーが3分の2以上走ることはできないから、問題はないと思われた。そこに野島父が異論を唱えた。

「99周と長いレースだから、山木さん一人に負担を負わせるのはしのびない。ここは3ストップ作戦でいってはどうですか」

 と言い出したのである。朱里が男性ドライバーと同じ力量を示しているので、自信をもっているから言えるのだと思われた。だが、館山は頑として譲らなかった。朱里がそれだけの体力をもっているか不安だったからだ。ふだんの体力トレーニングで、朱里が山木と同等のデータを示していなかったのだ。野島父は、その後黙ってしまった。

 チーム内に不協和音がただよいながらも、予選Q1を迎えた。今回も山木の担当である。レコードタイムの1分25秒764には及ばなかったが、1分25秒864という好タイムでQ1を抜けた。だがサクセスウエィト70kgは大きな負担だった。ぎりぎりの8位だった。N社の山上が1分25秒265のレコードタイムでトップ通過を果たしている。サクセスウエィトは12kgしかない。前回のSUGOでは事故に巻き込まれての8位だったが、マシンは修復され調子を取り戻していた。

 Q2が始まった。申し合わせで全員が女性ドライバーとなった。3人体制のチームは男性が2人いるからである。

 調子がいいのは新人のマリアである。と言っても、かつてはフォーミュラ日本で走っていたことがあり、昨年からF1チームのリザーブドライバーになっていた。フォーミュラ出身だが、スピードはピカ1の女性ドライバーである。N社は何が何でも勝つぞという気持ちが強くて、最高のカードをきってきた。他チームは呆れているというか、羨んでいた。

 リリアも調子がいい。52kgのウエィトを積んでいるが、3戦目で慣れてきたようだ。1分26秒333で予選2位となった。朱里は1分27秒015で予選6位に食い込むのがやっとだった。

 予選の結果は次のとおりである。

 1位 N社 №3 山上・マリア・近澤組  9P ウエィト  18kg

 2位 H社 №5 飯田・リリア組    26P       52kg 

 3位 T社 №36工藤・高山・新藤組  14P      28kg

 4位 H社 №7 高橋・大木・佐藤組  16P      32kg

 5位 H社 №1 野沢・玉木・江藤組  26P      52kg

 6位 T社 №11山木・野島組     35P      70kg

監督の館山は、ウエィトを減らして、燃料流量を制限することも考えたが、およそ5%の燃料カットになる。完全に不利となる。今回はウエィトを選択したのだ。

 夕刻、作戦会議を行った。館山が口を開く。

「明日の天気予報は午後から雨だ。おそらく30周目ぐらいから降ってくると思われる。一人33周だから、1回目のドライバー交代でレインタイヤに変更することも考えられるが、皆の考えを知りたい」

 そこでチーフメカの飯島が口を開いた。

「レインタイヤは33周もちません。25周がいいところです」

「となると4スティントか。雨の状況次第だが、それも考えておかないといけないな」

 野島父は黙っていたが、それみたことかといった顔をしている。

「問題は最初のガスの量だな? どうする?」

 館山の問いに山木が応えた。

「オレはまず33周走る。その分のガスを入れてほしい」

 ということで決まった。


 翌日、天気予報ははずれ、朝から雨となった。梅雨時だから仕方ない。99周のロングランレース。荒れるレースが予想された。そこで、館山は山木と話し合いをした。

「山木、うちは正攻法では勝てない。そこでできるかぎりのバクチをうちたい」

「バクチとは?」

「ガスを50周分入れる。タンクぎりぎりの量だ」

「第1スティントは捨てるということですね」

「そうだ。でもお前なら、それほど順位を落とさずに走れる。朱里は追い上げは得意だが、守りの走りはできない。それに体力面でも心配がある」

「わかった。何とか順位をキープしよう」

 ということで、決勝を迎えた。

 13時決勝スタート。雨は小降りだが振り続けている。山木はウォータースクリーンを避けるためにラインを外して、インに入った。第1コーナーでブレーキングを強いられる。ポジションをひとつ下げた。

 レインタイヤなので、ペースは上がらない。ましてや第1ドライバーなので、波乱は起きずに25周が過ぎた。タイヤは皆同じなので、ほとんどのチームが24周から26周でピットインしてきた。朱里のチームはタイヤ交換だけだったので、3つポジションを上げ、4位に上がった。館山のバクチがあたった。

 27周目、全車がドライバー交代をし終わり、順位が確定してきた。1位N社マリア、2位H社リリア、3位T社高山、そして4位がT社朱里だ。ほぼ等間隔で順位をキープしている。まだ第2スティントなので攻めるタイミングではないと考えているのだ。

 48周目、雨がやんだ。レーダーを見ても雨が降る気配はない。だが、路面は濡れている。しかし、館山はスリックタイヤを選択した。レコードラインは乾くと判断したからだ。

 50周目、山木に交代。ガスは少し多めにいれた。次のドライバー交代を遅らせるためである。順位は4位をキープできた。

 60周目、路面は完全に乾いた。走行ラインは自由にとれるようになり、またバトルが見られるようになった。山木は苦しい戦いを強いられていた。立ち上がりの加速が鈍いからである。ウエィトが一番重いので、スピードがのるまで時間がかかるのである。それでも、たくみなテクニックで順位をキープしていた。

 75周目、他のチームは最後のドライバー交代をし始めた。山木は残り5周走れるのでコースに残る「ステイ」を選択した。

 78周目、山木は暫定首位に立った。だが、ピットインしなければならないので、それまでにタイムを稼ぐ必要がある。予選なみのスピードで走った。後で、山木が言ったことだが、

「自分の一生で、全精力を最大につかった5周だった」

 と言わしめた走りだった。

 80周目、朱里に交代。ガスは20周分なので他チームより少ない。コースに復帰した時は、3位になっていた。前はN社のマリアとH社のリリアである。相手にとって不足はない。

 2人の走りを見ていると、第1コーナーとダンロップコーナーでのブレーキングポイントが若干早いと感じた。これならインに飛び込めると思った。

 90周目、リリアの後ろにつく。まずは第1コーナーでインにしかける。だが、リリアに守られた。次のダンロップコーナーでは一度インにいってから、アウトにいってブレーキを遅らせる。朱里が前にでる。でも、インをリリアは譲らない。立ち上がりでリリアが勝つ。

 91周目、GT300のマシンが2台の前にいる。リリアが抜くのに手間取っている。第1コーナーでリリアがアウトから抜いていく。少しアウトにふくらんだ。そこをインから朱里が抜いていく。リリアが後ろからプッシュしてくる。ダンロップコーナーで勝負だ。朱里は右に左にラインを変えて、リリアに抜かせない。

 いよいよダンロップコーナー、朱里はインを抑えようとしてステアリングを少し右にきった時に、後ろからおされ、マシンは右に回転し始めた。スピンして右のバリアーにぶつかって停まった。車内にあるGセンサーは作動していない。だが、エンジンは停まったまま。リセットしても目を覚まさなかった。FCYボードが出され、朱里のマシンは牽引車にひかれ、安全地帯に移された。朱里のレースはここで終わった。何年ぶりかのリタイヤだった。

 レースはマリアの優勝。2位には高山が入った。本当はリリアだったが、ペナルティを課せられ、順位降格となっていた。レーシングアクシデントと主張したが、後ろから追突したことはまぎれもないことなので、再発防止のためのペナルティとだれもが思った。トラブルにつながる接触には主催者は厳しい。

 朱里のチームは重苦しい雰囲気だったが、山木だけは元気だ。

「こういう時もあるさ。今回はオヤスミしろというレースの神さまのお告げだよ。次の岡山でがんばればいいんだよ。ウエィトも近くなるしな」

 山木は自分の走りができたので、納得のいくレースだったのだろう。前向きの姿勢は、朱里にも元気を与えていた。

 レース結果は次のとおりである。 ※今回ハンディはなし

 1位 N社 №3  山上・マリア・近澤組  29P

 2位 T社 №36 工藤・高山・新藤組   29P

 3位 H社 №5  飯田・リリア組     37P

 4位 H社 №1  野沢・玉木・江藤組   34P

 5位 N社 №14 樋口・伊藤組      10P

 6位 H社 №17 米山・前田組      14P

 7位 H社 №7  高橋・大木・佐藤組   20P

 8位 N社 №15 武田・鈴木組       5P

 9位 H社 №8  小田・佐伯組       2P

10位 H社 №6  副島・宮本組       1P

リタイヤ T社№11 山木・野島組      35P


   

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