第3話 だんまり

           1


「おい、そっちにいたか」

「いや、いない。クソどこ行きやがった」


 狭い街路地に二人の話声が聞こえる。

 声の主はこの街の警備兵である。

 一人は若い人間で、もう人はトカゲ男リザードマンであった。

 彼らの装備は一見すると、しっかりとした鎧を着こんでいたが、所々傷が入っており、使い込んでいることが分かる。


「まさか、こんなところにリビングヘッドが出るとは」

 若い男が吐き捨てる。

 リビングヘッドは下級魔物である。

 風もないのにコロコロ転がり、生きてるものを見ると噛みつき危害を加えるため、駆除対象である。


「結界はどうなっているんだ」

「なんだ。知らないのか。街の結界はとっくにボロボロだよ」

 トカゲ男の答えに若い男は動揺した。

「いやでも、俺たちの払った税金で結界術士を雇ってるはずだろ」

「ああ、ちゃんと仕事してるぜ。の結界にな」

 若い男は信じられないといった顔をしていた。

「そこまで酷いのか」

「ああ。長くは持たないだろうって話だ。でも、この仕事が無意味なわけじゃない。魔物を退治すれば、少しの間は街の平和は保たれる。そうだろ?」

「…そうだな」

 トカゲ男は、結界の魔法陣がある大きな建物を見やる。

「しかし、リビングヘッド程度の魔物は弾ける程度の強さはあるはずだがな。ん?」

「何かあったのか…あれは!」


 二人の視線の先には、二つの生首があった。

 人目から隠れるように置いてある。

「リビングヘッド、にしてはおとなしいな。おい、ちょっと」

 トカゲ男は生首を鷲掴わしづかみにして、生首をじっくり観察する。

「おい、そいつ噛みつくぞ」

 若い男は距離を取りながら、トカゲ男に忠告する。

 しかし、トカゲ男は忠告を無視して、生首を自分の顔に近づけて観察していた。

「いや大丈夫だ。ただの生首だよ。ほら見ろ。こんなに近くに生き物がいるのに噛みつくどころか、声も上げない。だんまりだ」

「そうか。ならいいんだ」

 若い男はほっと胸を撫でおろす。

「となると、これは見間違いだな。風が吹いて転がったのを見て勘違いしたんだろ」


「はあ、でもなんでこんなところに生首があるんだ」

「大方、こっそり入って来た魔物が食い散らかしたんだろ」

 トカゲ男は生首を置く。

「てことは、そっちの魔物退治かぁ」

「そうだな。一度詰め所に行って情報共有するぞ」

 そう言って、二人の男たちは立ち去って行った。



           2


「…行ったか」

「うむ、小声なら大丈夫であろう」


 二人の話し声が聞こえる。

 その声の主は、二人の生首とであった。


「次会ったら覚えてろ」

 勇者の生首アレックスは警備兵の去った方向を睨みつける。

「それは三流の捨て台詞だぞ」

 魔王の生首ヴァ―ルはその様子を見てくっくっと笑っていた。


「しかし、名前以前の問題であったな。ここはいろんな姿の魔族がいたから、誤魔化せると思ったのだが…」

「俺も前来たときはそんな感じだったな。おかげで怪しまれずに済んだ。リビングヘッドも普通にいたと思うけど、実は狂暴だったりするのか?」

 アレックスはヴァ―ルに尋ねる。

 この街は魔族の街なので、ヴァ―ルのほうが詳しいと思ったからだ。

「いいや。おとなしい魔物だ。首だけのやつに何ができる。時間がたったとはいえ、駆除されるほど狂暴になるとは思えんが…」

「それと人間と魔族が手を組んだってのは間違いなさそうだが、なんか思ってたのと違うな。なんていうか、魔物らしい魔物をまったく見てない」

「それは我も気づいた。かつて様々な種族の魔族がいた街だが、いったいどうなっているのか」

 ヴァ―ルはため息をつく。

「調べたいがこの有様ではな。協力者がいる」

「幻術は使えないのか」

「その幻術を使う魔力を確保するためにここに来たのだがな」

「…使えねえ」

 アレックスがボソッと呟くが、ヴァ―ルには聞こえていた。

「…貴様こそどうなんだ。街を支配してもいいんだぞ」

「くっ。俺も魔法出すだけの魔力がないんだよ」

「それ見たことか!貴様も役立たずではないか!」

「言ったな、ヴァ―ル!ここで決着つけるか!」

「面白い、アレックス!いいだろう。乗ってや―」

「今、と言いましたか?」


           3


 想像もしていなかった第三者の声に、二人は驚いて声のしたほうを向く。

 そこには位の高そうな法衣に身を包んだ少女が立っていた。

 彼女の周囲には兵士が立っており、少し前に去ったはずの警備兵もいる。

 興奮して大声を出して気づかれてしまったのだろう。

 

 二人はどう逃げるか考えるが、どう見ても絶望的であった。

「ヴァ―ル様、アレックス様。あなた方に危害を加えようとは思っていません。話を聞いていただけませんか?我々を助けて頂きたいのです」

 そういうと少女は深く頭を下げた。


           4


 二人の生首は、目をぱちくりさせた後、お互いに目を合わせた。

 何一つ分からない状況だが、間違いなく厄介ごとに巻き込まれたことを確信する二人であった

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