その神は人間の言い分など一切聞かずに、粛々と罰を執行していきます

 神御祖神かみみおやかみとヤクザの組長が睨み合って緊迫した空気が辺りを支配します。

「おぅ、嬢ちゃん。なんだってウチにカチコミなんぞ仕掛けてきたのか知らねぇが、不法侵入に器物破損、傷害、立派な犯罪だぞ。その年で牢獄に入りてぇのか?」

 先に口を開いたヤクザは何処か諭すような声音で話し掛けて来ます。

 そんな礼節を僅かでも見せる相手に対して、うちの小娘は不遜に鼻を鳴らします。そして畳に座っている初老の顔から視線を天井の梁に向けます。

「そこら中にある監視カメラで証拠撮ってるって言いたいんだろうけど、そんなもんに姿を映させてなんかないから」

 その動画記録から神御祖神の姿を抹消しているのはわたしの仕業なのですけれど。さも自分がやったみたいな言い方はどうかと思います。

 むしろ自分で出来るのですから自分でやってくれませんか。

 ヤクザは眉を顰めて聞えよがしに舌打ちをします。この短時間でこの小娘がそれくらいの非常識はやってのけると正しい判断を下したのでしょう。

「何が望みだ?」

 神御祖神は人間に問い質されると、一歩だけ距離を詰めます。その時に刃金はがねが数羽、小娘が蹴破った襖から中へと入ってきて神御祖神の肩や梁の彫刻に停まりまた。彼等は刃の翼を鳴らして敵を威嚇しています。

「うちのダンジョンにさ、可哀想な探索者が来たのよ。なんでもギルドにダンジョンから持ち帰ったアイテムを取り上げられたり無茶苦茶な探索を強要されたりってね。善良な一般人が困っているなら、助けるのが神様ってもんじゃない?」

「はっ。神が手出しするなんて理不尽な神話でしか知らんが、やってることはむしろ聖人じゃないかよ」

 確かにヤクザの組長の言い分は尤もですね。聖人は人に敬われていますが、神よりは格下なので皮肉もきちんと利かせています。

 いたっ。ちょっと苛ついたからって指でわたし達の依り代を弾かないてくださいますか。耳元で鏡やら鈴やらがジャラジャラ鳴って煩くないのですか。

「それで調べてみたら、そのギルドはヤクザの隠れ蓑で、資金調達してたりダンジョンのアイテムを溜め込んだりして、私腹と武器と肥やしているようじゃない」

 組長の言い分は黙殺して、神御祖神は神託を続けます。

 神の判決に人の弁解など何の意味も持たないのです。

「なら金を巻き上げるクズ共が破産して手出し出来なくなれば、不当に苦しめられる子はいなくなるんじゃない」

 神御祖神が言い切ったのを皮切りにして、刃金達が一斉に羽ばたいて、屋敷内の物品を、人員を、そして屋敷そのものを斬り始めます。

 幕末の辻斬りや討ち入りだってここまで悲惨ではなかったでしょう。価値の上下も有能さの上下も、野生である自分達には関係ないとばかりに刃金は分別なく斬り伏せていきます。

 この所業には修羅場を多く乗り越えて来たであろうヤクザの親分であっても心穏やかではいられなかったようで立ち上がって小娘を見下し威嚇しました。

「嬢ちゃん、そのギルドから手を引いてやってもいいんだぞ」

 だからこれだけで矛を納めて手打ちにしろ、さもなければ手酷い報復をしてやるぞ、と言葉だけ下手に出て脅してきます。

 でも人の脅しなんてものが通じるような小娘ではありません。言って聞かせられるならどんなに躾が楽で助かると思っているのですか。

 いたっ。ですから、イヤーカフをデコピンするの止めてください。それ、わたしだけではなくて妹達の依り代でもあるのですよ。

「いらない、いらない。そうやって殊勝に手を引いたように見せかけて、裏で全く関係ないような奴を間に挟んで搾り取り続けるのが、アンタ達支配好きな人間共のいつものやり口でしょ。そんなの許さないから、路頭に迷って泥啜って自分が苦しめた相手と同じ経験をしっかりしなさい」

 ええ、神の執行に対して、人間からの釈明なんて一切意味がないのです。ましてやうちの小娘は一度こうと決めたら取り下げる事は全く以て有り得ないのです。

 うちの小娘が滅ぼす、と言ったら、滅ぼされるしかないのです。

 壁や戸が斬り開かれて吹き抜けになっていく屋敷の中を、刃金が斬って動けなくなったヤクザの舎弟達を掴んで飛んで行き、外へと捨てて山を積み上げます。

 支えを少しずつ失って屋敷全体が軋み微かに崩れた建材が埃となって降ってくるようになりました。

 怒りの形相を真っ赤にしているヤクザの組長の背中を、後ろから疾翔してきた刃金が爪をめり込ませて掴み持ち上げました。

 その重たそうな体がヤクザの山の頂点へと投げ出されたところで、神御祖神も悠々と外へと足を運んで行きます。

 刃金が屋敷の柱を斬り裂いたのでしょう、神御祖神が縁側に立ったところで屋敷は崩壊して一息に形を失いました。

「何回立て直しても、引っ越しをしてもいいからね。本当に何もかもがなくなるまで、何度でもこの子達は追い駆けて同じように斬り崩してあげるから」

 神御祖神の神託は誠であると示すように、刃金の一羽がその細い腕に停まって体ごと頷きます。

 背中の痛みに呻きながらその姿を見返すヤクザは面白いくらいに顔を白くさせていました。

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神霊カフェダンジョン『神処』 奈月遥 @you-natskey

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