その無礼な訪問で押し通す小娘は、邪魔者を斬り捨てていきます

 美登みとの所属するギルドを牛耳って探索者を搾取していたヤクザの本拠地に、神御祖神かみみおやかみ刃金はがねを連れて襲撃しています。

 刃金の一羽が一閃で斬り落とした門を呆然とヤクザの一人が見詰めています。金のネックレスやら派手な指輪やらジャラジャラと着けていて、確かにテンプレートなヤクザって感じの格好をしています。

 そのヤクザの視線が一度飛び去った刃金の羽ばたく煌めきを追って空を見上げ、解放された門の向こうへと移り、呪いの烏のように屋敷の周囲にたむろする刃金達を見渡して、そして漸くちんまりと腕を伸ばしたままの姿で立っている小娘に行き着きました。こんなにちっこいと目に入るのも遅れますよね、良く分かります。

「なんだ、お前! 今のヤツはテメェがけしかけやがったんか!」

 ヤクザが凄んできますが、神御祖神は不敵に笑って返します。厳ついオッサンが怒鳴って来たくらいで縮こまるような可愛らしい肝なんて持っていませんからね、この生意気な小娘は。

「何と訊かれたら、神様ですけど?」

 そんな生意気さを存分に声に乗せて小娘は屋敷に向かって緩やかに足を進めます。

 わたし知っていますよ、こういうのメスガキって言うのですよね。何処かにいる心清らかな主神が理解わからせてくれませんかね。

「ああ、もう! 天真璽加賀美あめのましるしのかがみ、うっさい! ここ、いいシーンでしょ! どう見ても幼女なわたしが神の威厳を見せ付けて、そこのヤクザ共がビビッて冷や汗垂らすところよ! 台無しじゃない!」

 そこでぎゃーぎゃー喚いている貴女の方が台無しにしていますー。わたしの聲はどうせ一般人には聞こえないのですから、画としてはないも同じなのですー。

 ほら、そこのヤクザだって空中に向かって吠え出した小娘を可愛そうなものを見る目で見てますよ、ざまあみろ。

 小娘が顔を真っ赤にしていますが、良い気味です。

 そんなこんなやっていたら、ドタバタと足音を騒がしく鳴らして屋敷のあちこちからヤクザが次々と出て来ました。その手には、探索者から巻き上げた物の一部なのでしょう、ダンジョン産の武器が握られています。これだけでも小さい国なら制圧出来そうな装備ですね。

「アニキ! 大丈夫ですかい!?」

「カチコミですか!」

「なんだ、このモンスター共、どこのダンジョンから湧いて出てきやがった!」

 刃金はモンスターではなく神の鳥なのですが、そこの分別をヤクザに求めるのも酷な話でしょう。それとダンジョンの所在地は鳥栖です。

「あんたらみたいな三下に用はないわ。親分に話があるの、連れて来なさい」

 門を破った刃金が空から舞い戻ったのを肩に停めた神御祖神がヤクザの舎弟達を存分に煽ります。メスガキムーブ似合い過ぎで怖いのですけれど。

「メスガキちがうっ!」

 メスガキはみんなそう言うのですー。

 まぁ、それはさておき、いきなり組長を出せと言われたヤクザ達は当然いきり立ちます。

「いきなりカチコんできて、オヤジ出せとか舐めてんじゃねぇぞ、クソガキ!」

 その怒声が響くと同時に射撃武器を構えて来たヤクザ達が一斉に神御祖神に向けて攻撃を放ちます。

 しかしそれはタイミングを合わせて屋敷の中へと殺到した刃金の大群によって無意味にも全て斬り落とされてしまいました。

「あいつら、翼が刀になってやがる!」

「くそ、深層レベルのモンスターか」

 射撃された矢弾では刃金の反応速度を上回れないと悟った近接武器持ちが前に出ます。解析力も打開策を導く知力もなかなかですが、まだ足りません。

 神御祖神が此処に連れて来ている刃金達は精鋭です。人間で言うなら剣豪並みの技量を持っていなければ渡り合えるものではありません。

 そんな刃金が三百四十七羽もこの場にいるのです。

 飛び交う斬撃が武器を破壊し、服を剥ぎ取り、絶妙に四肢の腱だけを抉って、次々とヤクザが地面に転がって呻き声ばかりを漏らしています。

 此処までやっても、誰一人として致命傷を与えず苦しいばかりの痛みだけを与えています。

「気絶やら、ましてや死んだりさせて簡単に楽にさせる訳ないでしょ。美登達を苦しめた分は億倍にして人生で泥啜って味わってもらわないとね」

 うちの小娘、本当に邪悪です。

「罪に対して正当な罰を与えるのに何処が邪悪よ! 邪悪なのはこいつらのやってきた所業でしょうが!」

 間違えました。温情というものを与えない無慈悲で悪辣で容赦のない災害です。

「言い方! もう! 天真璽加賀美の相手なんかしてらんない! ねぇ、あんた達殺すのなんか簡単だって分かったでしょ? 大人しく頭呼びなさい。」

 神御祖神がわたしとの会話を切り上げて、地面に転がっている一番偉そうな相手、始めに門の前に立っていた装飾塗れの中年を見下します。

 会話を打ち切るのは相互利害の放棄ですよ。創世神がそんなでいいのですか。

 ちなみにヤクザの中年は自分を見下ろしてくる小娘に顔を引き攣らせています。

 そんな悪魔を見たかのような顔をして……いえ、全く間違っていませんね。正当な評価でした。

「どっこが正当な評価か! われ、神ぞ!」

 はいはい、分かっていますよ、神御祖神、神御祖神。

 でも自分の生殺与奪を握られている人間にとって、その相手が神でも悪魔でもそう変わらないと思いませんか。

「まぁ、いいわ。答えてくれるつもりもなさそうだし、奥に行こっか。早く済ませないと灯理とうりが怖すぎる……」

 そんなに灯理に叱られるのが嫌なら黙って来ないでちゃんと許可を貰えば良かったではありませんか。

「ムリでしょ。相談なんかしても総司とかに任せろって言われるのが関の山よ」

 貴女は大人しくしてくれていた方が世の為ですので、全く以て正しい判断ですね。

 ていうか、のんびり話しながら土足で屋内に上がるのではありません。靴を脱ぎなさい、靴を。

「やぁよ。靴脱いで行ったら帰りに拾わなきゃいけないじゃない」

 どうせ転移して帰るのですから屋敷の玄関にくらい歩きなさい。というか玄関じゃなくて縁側から上がっていくのではありません、はしたない。

「人間のルールなんて神が知ったことか!」

 む。小言を言われたからって不機嫌になるのではありません。

 襖を蹴破るとか、日本文化への冒涜です。

 小娘のちんまい足の形に穴を開けた襖が無惨にも倒れた先に、和服を着た威厳ある老人が睨み返していました。

 子分達が斬り払われて玄関先に転がっているのを知って、それでも堂々と座っているのは度胸があります。これが組長の威厳というものですか。一筋縄では行かなさそうです。

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