その小娘は鳥栖で生まれ育ったのですが、故郷愛が尋常ではありませんでした

 少しばかり久しぶりに内閣府ダンジョン対策管理室の二人が神御祖神かみみおやかみのカフェダンジョン『神処かんどころ』を訪れました。

 今日の神御祖神はにまにましながら二人を迎え入れます。それというのも、このダンジョンの認可が済んだという事で正式な通達と今後の打ち合わせに来たからです。

 これで神処も政府が提供するダンジョン一覧に載るようになり、探索者がたくさん来てくれると見込んで小娘はほくそ笑んでいるのです。

「ということで、明日からこのダンジョンも一般探索者に情報提供される」

「やったー! お客さんが来るぞー!」

 文字通り諸手を上げて、しかもぴょんぴょんと子供っぽく跳ねる小娘を見て、総司は気が重たそうに俯きます。このダンジョンの情報公開だなんて、もっと先延ばしにした方が世の為だと思うのですが、今からでも延期出来ませんでしょうか。

「ちゃんと出入口の出現予定出さなかったら情報反映しないからな。分かっているのか」

「出す出す、ちゃんと出すともー。ふふ、タブレットで入力するだけで反映してくれるんでしょ? いやー、仕事が出来る男は違うねー」

 どうせならそんな手軽な方式じゃなくて、もっと手間が掛かるようにしてくれればそこの小娘が面倒臭がってやる気を失くしてくれるかもしれませんのに。紙での提出を強制して承認を得るのに各所を盥回しにしなければならないから期限も数週間前にしてみるとかどうでしょう。

「忙しい役人にいらん仕事増やさせようとするな」

 む、灯理とうりに怒られてしまいました。良い案だと思いますのに、解せません。

 今日のエントランスは『シャワーズランプ』です。みつはもうテーブルに腰掛けて澪穂解冷茶比女みをほどくひさひめのお茶を待っています。

 冷茶比女が今日淹れているのはキウイフルーツの冷茶です。香りが爽やかですね。

「お待たせしました」

「来た来た。ありがとー」

 冷茶比女が淑やかにみつへキウイの冷茶を提供して泳ぐようにカウンターの裏へ戻ってくるとらんが静かに拍手して褒め称えています。嵐は本当に面倒見が良くて母性に溢れています。

 その一方で早速タブレットを弄って総司が用意してくれたダンジョン開場スケジュールのアプリで楽しんでいます。貴女、散々自分が親だって吠えておきながらそういうところですよ。

 もう小娘は話を聞かないと見極めているのか、総司は灯理と向き合っています。

「家はうちが手を回したマンションを借りた。家賃はこっちで持つ。それと家の借りるのに戸籍を作った。親の記載がないとか普通とは違うが、まぁ、事足りるだろう。スマートフォンは三人分用意した。それと露繁つゆしげ灯理とうり名義で口座も開設した」

「何から何まですまないな。でも家賃払って貰わなくても、自分達でちゃんと稼ぐぞ?」

 灯理は用意して貰った生活基盤を受け取りつつ苦笑しています。

 前世では高卒でそのままランタンを作って生計を立てていたくらいですから、彼も自立心が強いのでしょう。それでいて他人に対しては世話焼きなのですから良く出来た人間です。いえ、神なのですけれども。

「うちの奴を張り付けるから慰謝料だと思ってくれ」

「監視か?」

「護衛と言ってくれ」

 ダンジョンで生まれた存在を街中に住まわせるのですから野放しには出来ないのも分かります。

 灯理がそれを揶揄うと総司が酷く嫌そうな顔で抗議をしました。

 灯理はそれも面白がってくつくつと喉で笑います。

「マンションがあんのは、鳥栖市?」

「一応、こっちのエントランスの時に開く入り口の近くにしておいた。舟の方には基本いないんだろ?」

 総司も色々と考えて灯理と嵐の住居を選定してくれたようです。

 しかし灯理の方が不思議そうに目を丸くしています。

「なんだって福岡なんかに入り口があるんだ?」

「は?」

「え?」

 確かに地方に開くよりは東京とか、首都でなくても大阪とか名古屋のような大都市の方が集客しやすいでしょう。

 しかし総司が怪訝にしているのはまた別の理由です。

 灯理だけが自分の発言の間違いに気付いていなくて、目を瞬かせています。

 そんな灯理にカウンターの向こうにいた嵐が白い目を向けました。

「あかりさん、あかりさん」

「ん、どうした、嵐?」

 嵐に呼ばれると灯理は気楽に振り返ります。そして今にも溜め息を吐きそうな顔をした彼女の顔を見て目を丸くしました。

「鳥栖は佐賀県だよ」

「……さが」

 灯理、貴方、地理に疎かったのですね。いえ、鳥栖市がそんなに有名かと言われればそんな事はありませんし、灯理の前世は東京で生まれ育ったのですし、地方の都市に疎くても普通と言えば普通なのでしょうけども。

 しかしそんな当たり前の事を弁えない小娘がこの場にいる訳で。

 その小娘はぱんっとテーブルを叩いて大仰な動作で立ち上がりました。

「ちょっと、灯理! 鳥栖を知らないって言うの!? 九州の交通の要地である、この鳥栖を!?」

「いきなりどうした!? 知らねぇよ!」

 あ、灯理、その我儘小娘が暴走し始めたタイミングでそんな口答えをしてしまってはいけません。その小娘、自分の進行が阻まれるとむしろ勢いを増してぶち破る困った性格をしているのですよ。

「はぁ!? 鳥栖のどこが福岡だっていうのよ! 地図見てみなさいよ、地図!」

「え、でも、鳥栖に行ったのって福岡のイベントに参加した時だよな、嵐?」

 小娘の勢いに負けた灯理が苦し紛れに嵐に助けを求めますが、そこで彼女を巻き込むのはどうかと思います。

 それと嵐は白い目を止めてませんから、決して灯理の味方ではないと思われます。

「灯理さん、灯理さん、確かに福岡の後に行ったけど、鳥栖市は佐賀県だよ」

「電車で三十分で行けたのに!? 県跨いでたのか!?」

 灯理が墓穴を掘って小娘と嵐からジト目を向けられる中、総司は巻き添えに遭わないようにとみつの隣に座って我関せずを決め込んでいます。お利口ですね。

 いつもと違ってかなり情けない灯理に小娘がびしりと人差し指を突き付けます。

「灯理、その交通の便こそ鳥栖の最高なところよ、ところで三十分で言ってるけど正確には博多駅から鳥栖駅まで各駅停車で四十分、特急で二十一分よ!」

 各駅と特急の違いはどうでもいいです。しかし確かに福岡の中心街まで一時間足らずや三十分掛からずに行き来出来るというのは確かに便利でしょう。

「博多だけじゃないわ。普通列車なら鳥栖駅、新幹線なら新鳥栖駅、車だって鳥栖ジャンクションがあって福岡はおろか、九州全土ぷらす山口まで通勤圏内という破格の交通網を持っているのよ! 鹿児島までだって新幹線なら一時間。その交通の要所である鳥栖の人達はさまざまなルーツを持っていてまさに人類の多様性の街なのよ!」

 人類の多様性は絶対に言い過ぎです。アメリカとかオーストラリアとかを見てから言ってください。あと、さてはこれ長くなりますね?

「鳥栖は所謂おらが街感が弱くて、でも人間関係が希薄ってわけじゃないわ、みんなそれぞれ適切な距離感を程よく取って穏やかに暮らしているというのが魅力なのよ。住みやすさランキング九州三位よ、わかる、佐賀で三位じゃなくて九州で三位なのよ、そんなところで暮らせるなんて灯理も嵐も幸せに感じるといいわ! って聞いてるの、灯理!」

「やべ、聞いてないのがバレた」

 とうの昔に聞く気を失くしてコーヒーミルを回していた灯理の元に、神御祖神が床を蹴って瞬間移動かと見紛うような移動をして体ごとぶつかっていきました。それ、いっそ瞬間移動した方が早くないですか、それだと衝撃が与えられないのですか、そうですか。

「聴きなさい! 鳥栖は適度に緑がありつつアウトレットやショッピングモールも充実しているし、ご飯も美味しい! 鳥栖に来たなら鶏手羽唐揚げは食べたはず! 美味しかったでしょ、美味しかったに違いないわ、いいえ、みなまで言わなくてもだいじょうぶ! そんな鳥栖だけど実は人類が住み着いた記録は古く大和王朝時代には鳥を飼育して都へ献上していたのよ、だから鳥の栖と呼ばれる土地なのよ。今でも種々様々な鳥達が棲んでいるわ、特に鵲が歩いてて見られる都市は数少ないはずよ! 朝のお散歩で鳥の声を聴きながらぶらぶらするのは最高の贅沢ね!」

「お、おう」

 腰にしがみついて捲し立てる小娘に灯理はドン引きしています。まぁ、気持ちは良く分かります。好きなものにまっしぐらなのは猫にも負けないという野生児なので、申し訳ありません。

「でも鳥栖と言ったらサッカーは外せないわ! サガン、かっこいいよ、サガン! J1チームで鳥栖駅の隣におっきなスタジアムを持っているんだから! サガンが勝ったらそれだけで神霊生んでもいいくらい嬉しくなっちゃうんだから!」

 そんな頻繁に神霊を産み落とさないでください、迷惑です。国にバレてそのサッカーチームが取り壊しになってしまったらどう責任取るつもりですか。

「でも、やっぱり一般人に有名なのは田代の薬ね。富山、奈良、滋賀と並ぶ四大売薬の一つで江戸時代には行商が成立してて朝鮮半島まで売りに出ていた記録があるの。人の命を救う薬を昔から大事にしていたなんて、人間性が表れているわね」

「し、しらねー」

「はぁ!? 久光製薬のサロンパスよ、サロンパス! 灯理だって使ったことくらいあるんじゃないの、サロンパス!?」

「え、サロンパスって東京の会社じゃなかったのか?」

「はああああああ!? 田代の薬屋がルーツって言ってるでしょうが、日本の大企業がどこもかしこも東京発祥だとか思ってるんじゃないわよ、都会者って本当に物を知らないのね!」

「ご、ごめん……」

 流石の灯理も小娘の勢いにたじたじです。

 今回は別に我儘言ってるのでもなく人に迷惑を掛けているのでもないので、灯理も強く出られないようです。いえ、噛み付かんばかりの気迫で灯理に詰め寄っているのは迷惑を掛けていると言えなくもないですが、そもそもが灯理の失言が招いた事態というのもあって立場がないのですね。

「でも、なんで結女ゆめはそんなに鳥栖に思い入れがあるんだ?」

「え? わたし、今世は鳥栖で生まれ育ったんだけど、故郷が好きなのはみんなそうでしょ?」

「は、はぁ……?」

 神御祖神は故郷愛を当然だときょとんとしていますが、生憎灯理の方はそこまで生まれ育った土地に感傷を持っていなくて曖昧な未声みこえを返します。

 田舎で育つとこうなのかと思って飛騨高山の自然の中で高校まで過ごした前世を持つ嵐に顔を向けますが、嵐は灯理に対してふるふると首を振って見せました。

「飛騨の山は好きだけど、ここまでの情熱はあたしにはないよ」

「うそでしょ!? 故郷は無限に語れるものじゃないの!?」

 そんな事はないって灯理と嵐が態度で示したばかりでしょうが。目の前の現実くらい素直に受け止めなさい、この暴走小娘。

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