その小娘の態度は腹据えかねるものですのに、それでも甘やかしてしまうのが彼なのです

 こうの体長は十メートル近くありますが、その背に乗るのは旅客機のように自由な体勢でとはいきません。

 灯理とうりらん、うちの小娘と順番に蛟の背中に跨って前の相手の背中に抱き着いている姿は、バイクをタンデムするのを三人並んでいるような体勢です。一番前の灯理は蛟の首根っこを掴む事で空を泳ぐように翔ける蛟から振り落とされないようにしています。

 そして先程灯理に雷を落とされた小娘は嵐の背中に身を隠して、それでいてびくびくとしながら灯理の背中をこっそり覗き見ています。どう見ても親に叱られた後の子供ですね。

 母親の角龍かくりゅうに申し付けられた蛟がようやっと背中に三人を乗せて空を飛ぶのを了承し、サービス精神なのか風を切って雲を蹴散らしながら飛翔しているというのに、それをねだった本人が全く楽しんでいません。

 嵐も小娘の様子が気に掛かるようでちらちらと背中に首を巡らせていますし、灯理は敢えて後ろは意識せずに仏頂面で前ばかり向いています。

 なんかこう、出先で我が儘言って父親を怒らせたみたいな絵面です。なんでしょう、全く違和感がありませんね。

「ね、ねぇ、灯理」

 特に何かきっかけがあったのではありませんが、小娘がおずおずと二つ前の灯理の背中に声を掛けました。

「んぁあ?」

 それは空を翔ける蛟が切る風に吹かれて追い立てられてしまうような弱々しくて小さな声だったのですが、灯理はがさつながらも返事をしてくれます。

「まだ怒ってる……?」

 小娘の怯えた声を背中に受けて灯理は数秒黙っていました。

 その背中がまだ怒っていると主張しているようにも見えなくもありません。

「怒ってるか怒ってないかで言えば、結女ゆめのわがままには常に腹を立ててる」

「ひぐっ」

 返ってきた灯理の低い声に、小娘はびくりと体を跳ねさせて即座に嵐の背中の陰に逃げ込みました。

 何時にも増して威厳が皆無です。

「あかりさん」

「訊かれたことに素直に答えただけだよ」

 嵐が灯理を窘めるように名前を呼びましたが、灯理からは苦虫を噛み潰したような声だけが返ってきます。

「別に怒ってても嫌いではねーよ」

「ふふ、灯理さんって、嫌いな人には怒らないもんね」

 好きの反対は嫌いではなく無関心だという人間がいますが、灯理もそのタイプのようです。

 灯理が機嫌を悪くするのは相手が悪い事をした時だけです。

 それを聞いても、うちの小娘は嵐の背中からびくついた眼差しを覗かせるだけで顔を出してきません。

 灯理がやっと後ろを振り向くと、その視線がぶつかる前に小娘はまた嵐の背中に隠れてぎゅっと握って嵐の服に皺を寄せます。

「灯理さん、あたしにも子供達にも、怒鳴るけど殴ったりしなかったのに」

「女子供に手を上げるかよ」

「結女ちゃん、女の子ですが」

「本質がそもそも人間じゃねーよ」

 うちの小娘は灯理からすると格上扱いなので、逆に容赦なく攻撃出来てしまうようです。弱い者は庇護すべきと考えて悪さをしても説教を聴かせるのですが、立場が上の相手には反逆精神を燃やして実力行使をしてしまうのですね。

 まぁ、そこの小娘は我儘が酷くてきゃんきゃん煩くて躾のなっていない小型犬みたいな性格ですが、疑いようもなく最高位の神霊なのですよね。灯理が喧嘩腰になるのも已む無しです。

「あかりさん、結女ちゃんのこと、なでなでしてあげよ?」

 それでも嵐にしたら見た目はか弱い小娘がいじけているのを放置出来ないようで、灯理に仲直りを促してきます。

 灯理は何も言わずに後ろ手を伸ばしました。灯理から伸ばした先は見えていないので、その手は嵐の脇で宙に所在無く浮かんでいるばかりです。

 嵐は背中に隠れる小娘に微笑み掛けて、優しく押し出しました。

 さっき殴られたのと同じ手が拳を作らずに広げらているのを、小娘は怖々と睨むように見ながらおずおずと頭を灯理の掌に押し付けます。

 すると灯理の手は花を触るように柔らかく小娘の髪をさらりと解します。

「これで仲直りだね」

「……うん」

 あの小娘が! 我儘小娘が! 素直に頷くだなんて!

 わたし、嵐を尊敬します!

「おちつけ、お前に称賛されるとか神格化しかねないだろうが。人の嫁に余計なことすんな」

 ぐぬ、素直な気持ちを表現しただけなのに灯理に睨まれました。過保護って怖いです。

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