その龍は空から飛来してきましたが、その拍子に蛟が地面に埋もれてしまいました

 甘やかしが過ぎる灯理とうりが小娘を見捨てられもせず、かと言って勿論言い成りになる筈もなく、結局は二進にっち三進さっちも行かずに伏せるこうを前にしてぐだぐだと時間を浪費してします。

 そこの小娘はダンジョンマスターなので放置したって勝手に帰ってくるのですから、置いて帰ってしまえばいいですのに。

「ちょっと、人のことを犬や猫みたいに言わないでくれる?」

 貴女みたいに世話するのが面倒な性格をしているペットなんて飼う気にはなれませんね。

「こんの~」

 なんかちんまい小娘が恨みがましい目付きをしていますが、わたしの神体はこのダンジョンの最奥部である常宿御社とこやどるみやしろにあります。そんな辺縁部に当たる階層にいる小娘には手も足も出ない場所にいるので、痛くも痒くもありません。

「お前ら、下らない喧嘩する暇あるんだったらこいつをどうにかするか、もう諦めて帰してくれよ」

「え、やだやだ。灯理、早くわたし達乗っけるように説得してよ」

「だから俺に面倒事押し付けるな!」

 灯理も懸命に抵抗していますが、その小娘は一度やると言ったら実現するまで諦めませんよ。他者の都合なんてものに頓着しないのがその小娘の駄目な所ですから。

 おや。そんな事を言っていたら何やら空の彼方から此方に向かって来る者がいますね。龍のように思えますが、目の前の蛟を遥かに超える巨体ですので、成体になって久しい完全な龍のようです。

「って、呑気に言ってる場合か!? なんだあの速度!?」

「おー……隕石衝突くらい起こしそうね」

 ええ、はい、地表まであのままの速度で来られたら軽くクレーターが出来ますね。

 灯理が慌てて嵐を抱えて守ろうとしている横で、神御祖神かみみおやかみは眼差しに期待の輝きを灯しています。相変わらず小娘は呑気です。

 そして秒も待たずにその龍は、蛟の頭上に落ちてきて地面にその体の形そのままの穴を打ち空けました。

 擦過熱で立ち上る煙を灯理の背中に庇われたらんがぼんやりと眺めています。

「あの子、生きてる?」

 嵐が灯理に訊ねますが、訊かれた彼は薄ら笑いを浮かべるだけです。

 普通の生き物でしたら余裕で死ねたでしょうが、蛟は幼体と言っても竜族ですので辛うじて生きています。むしろギリギリ息が残る程度を狙って襲撃したようにも見えました。

 そして災害のように空けられた蛟の形の穴の下から、ゆらりと豪奢な漢服を来た一人の女性が出て来ました。

 彼女は冷たさを感じる瞳で辺りを睥睨して、つい、とうちの小娘に目を止めます。

 そして即座に漢服の広い袖を合わせてその中に隠した手を組んで、直角に腰を曲げました。小娘に向かって降ろした頭にははっきりと存在感のある枝角が生えています。

「平に! 平にご容赦を!」

 最大級の礼節を態度で示した上で、銅鑼よりも大きな音量で謝罪してきました。

 この謝罪を受けた小娘はというと、掌で片方ずつ耳をしっかり塞いで盛大に顔を顰めていました。

「うるさーい」

 貴女、誇り高い竜族の、それも上位種の角龍が最大の礼を取っているのに、そんな邪険な態度はどうなのですか。

「うちの愚息が六百年も生きていない若輩者です。それで無礼が許される筈もありませんが、真実を見抜く目を教育してやらなかったのは親であるこの身の不実に御座います。どうか、どうか命だけはお目溢しを頂けませんでしょうか」

 ああ、何かと思えばあの蛟の母親なのですね。龍へと変化へんげした後でさらにもう一段階先の角龍へ至っています。この後に残るは應龍だけですので、龍の中でも格上なのが分かるでしょう。それでなくても人化している時点で優れた存在です。

「いやー、わたしとしてはむしろ蛟を地面に的確に埋めた踏み付けをしっかり解説して評価すべきだと思うよ。見たでしょ、あれ。龍の姿で隕石レベルの加速をした状態で、蛟に触れる瞬間に人化する事で龍の時の巨体の体重を小さな人の足の面積で押し付けるとかいう高度な技よ」

 ぶつかる威力は、速度と重量と接触面積で決まりますからね。最大値になるように無駄なく、かつ狂いなく実践するのは日本の剣豪もかくやという見事な技巧でした。

「お前らさ、その一撃食らった憐れな蛟への労りとかないのか?」

 神御祖神に付き合って角龍が繰り出した落下攻撃を解説していましたら、灯理に白い目を向けられました。ちょっと、その小娘と一緒くたな扱いにするのは止めてくださいませ。

「いや、生きてるからいいかなって」

 そうですよ、無事に生きているので心配する必要はありません。

「生きてるだけで無事っていうな、この大雑把自然系神霊ども」

 むぅ。灯理だって山に住んでる蛇の神霊だったではありませんか。人を導く神格だからって文化神顔するのは不公平です。

 それにわたしは神体が鏡という道具ですので、そこの小娘と違って文化神と言えなくもない筈です。

「ちょっと、親を見限るつもり!?」

「オーパーツな存在とかどこか人類史から発生したって言える余地があるんだよ、弁えろ」

 ぐぅ。二柱して酷いです。

「ねぇねぇ二人共、よく分かんないけど、あの龍のお母さん? の相手してあげなくていいの? あのかっこ、絶対腰痛くなるよ」

 嵐が呆れた声と共に、直角に腰を曲げた体勢を保持し続けている角龍を指差します。

 そうですね、放置していいのは我儘な小娘だけでした。反省します。

「やっべ、忘れてた」

結女ゆめ……本当にそういうところだからな」

 灯理が小娘に苦言を零していますが、貴方だって蛟の心配はしていても角龍の方は気にしていなかったではありませんか。

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