その小娘は自分の願いを叶えるのに、自分の神威は発揮せず他人任せにしやがりました
しかもうちの小娘ときたら、途中で疲れ果てて今は
「うる、さい、なっ、わた、しっ、人間の子供よ!」
煩く喚く元気はあるのですけれどね。それと十二歳は昔だと大人ですからね。
「平安時代をちょっと昔みたいな感覚で言われてもな……」
ちなみにもう歩けなくなった小娘を背負っているのがどうして灯理でなくて嵐なのかと言うと、体力自体は普段から鍛えている灯理の方が勿論有り余っていたのですが、山道に足を取られて小娘を背負って歩くのが危うかったからです。
嵐は前世に幼い頃から近所の山を登って気持ち良く歌うという趣味があったので、十二歳となかなかに体の出来上がっている小娘を背負っていても足元を見る事なく平然と歩いています。
灯理、貴方も神霊だった頃は山の森に住まう者でしたよね。
「うっさい。蛇の時と人間の体とじゃ、感覚が違うんだよ」
足が無くて腹這いで進む蛇も直立二足歩行する人も、動物の中では珍しい移動方式ですから、互換性が低いのは分からなくはありません。
変な所で妙に不器用な灯理らしい欠点だと言えばその通りですね。口答えしている瞬間にも小石を踏んで足を滑らせていますし。
そこですぐに地面を踏み締めて転んだりはしないものの、がくりと体幹がずれるので、背負われていた小娘がすぐ酔ってしまったのですよね。
「うみ。灯理は乗り心地悪い」
「うーん、ちょっとあたしも庇えないかな」
「くっ」
後ろを歩く嵐とその背中で揺られる神御祖神から揃って追撃を受けて、灯理は喉を詰まらせます。
自分が悪いと自覚していると反論出来ない素直な灯理の性格は可愛らしいと言えなくもありません。
「うっさいっての。……ん?」
「あ」
灯理と神御祖神が揃ってそれに気付いて
ええ、たった今、目指していた龍が飛び去ろうとしていますね。
まぁ、龍が地面に降り立っている方が珍事ですので、此処まで近寄れた事自体が、普通の人間なら一生に一度もないような幸運ではあるのです。
「ちょっとちょっと! なに逃げようとしてんのよ、予定が狂うじゃない!」
でもそんな幸運を噛み締めないのでうちの小娘なのですよね。いえ、貴女が一言命じれば下級の龍くらい向こうからやって来て
探索を楽しみたいとかぬかすなら、こういったアクシデントや失敗も楽しかったと笑って思い出にすればいいのですよ。
「やだ!」
嵐の背中で小娘が聞き分けなく駄々を捏ねます。貴女がそんな事をしたって全く可愛くないですからね。
「灯理! 龍を引きずり降ろして!」
「できるかよ。龍は蛇の上位種族だろうが」
龍の一部は蛇で優秀な個体が変化したものでありますからね。
そもそも龍は元から神に近い位置する瑞獣で様々な生物が龍へ変わる事を目指すような存在です。
「灯理、神様でしょ!」
全く以て貴女の言う通りですが、貴女は灯理よりも上位の神霊ですよね。というか、この世の全てに対して明確に立場が上にある最上位神ですよね。
「だから嫌なんだよ! 下手に手を出したら眷属になっちまうだろ! なんでこんなどうでもいい場面で配下増やさなきゃいけないんだよ!」
灯理が龍の行動を阻害すればそれがそのまま服従になるでしょうから、ええ、確かに眷属になりたいと申し出て来る可能性は頗る高いですね。先程灯理自身が言っていたように、龍と蛇は近しく存在として地続きでありますので。
「え、灯理さん、龍さん飼うの? お家に入る?」
そして言葉の断片だけを拾って嵐が斜め上な発言をしてきます。龍をペットにするなんて畏れ多いとか思わないのでしょうか。
下らない言い争いでいよいよ混沌として来ましたね。もう面倒臭いので龍が空を翔ける姿を見て、ああ、楽しかったねと終わらせてくれませんでしょうか。
「一度言い出した事を実現しなかったら最高神の名が廃るでしょ!」
神霊としての神威も神格も神権も何一つ使おうとしていない癖に今更神の名が廃るとか言っているのではないですよ、このバカ小娘。アホなのですか。失礼、間違えました。アホでしたね。
「嵐! 嵐!」
「めっ、めっ」
何を思ったのか小娘が自分を背負って山道を歩いてくれている嵐の髪をぽんぽんと叩き始めました。
力が籠っていないので嵐も痛くはないようですが、叩かれる度に揺れる頭から玩具のように鳴き声を繰り返しています。
「灯理におねだりして! 龍に乗りたいって!」
「おめー、卑怯だぞ!」
なんでしょう、このどうしようもない状況。
情けない事に神霊でもない嵐にお願いする小娘もどうかと思いますし、嵐に頼まれたら絶対に応えたいという弱みを突かれて慌てて振り返り怒鳴る灯理もそんなものは無視すればいいと思います。
嵐が自発的に望んだ事ではないのだって目の前のやり取りで分かり切っているではありませんか。嵐の口からお願いされるかどうかがそんなに重要なのでしょうか。
「もう、しょうがないな」
そして人のいい嵐はそんなどうしようもない茶番に付き合おうとしています。
こんな事で小娘の我が儘が通ってしまうのは頗る腹立たしいですが、嵐はわたしの声が聞こえないのが口惜しいです。
「灯理さん、
「……くっ、この、結女、お前、覚えてろよ!」
灯理……そんな一秒にも満たない葛藤しか出来ないのですか、貴方は。
もっときっぱりと抵抗して拒絶してくださいよ。どれだけ嵐に弱いのですか。
『我が血脈に繋がる
灯理が今世で顕現してから初めて神威を籠めた声を世界に響かせます。
あの、何度でも言いますが、こんな下らない場面でそんな本気を出すとか悲しくなりませんか。
灯理の声は波打つ明かりと灯って景色に広がっていき、その神威を浴びた龍が森の木々に体をぶつけながらも急いで駈けつけます。
「……そんなん、かなしいにきまってるだろ……」
そんなに肩をがっくりと落として黄昏れるくらいなら、あんなどうしようもないお願い断って自尊心を守るべきだったと思います。
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