その小娘は楽しい事を望んでいますが、それに付き合わされる方は堪ったものではありません
「ていうか!」
嵐はその豊かな胸で斗和羅神を受け止めてから、しっかりと両手で保持します。
「こんなふわふわは海でも体験出来るじゃない。どうせならもっと珍しいのやろうよ」
「めぅ? めずらしいことって?」
海でもないのに浮遊出来るのも大概現実感がないのですが、確かに海で漂うのと何が違うのかというと体感としては何も違いありませんね。
しかし嵐にとっては十分に現実離れした珍しい体験であったので、これ以上となると想像も付かないようです。
逆にこの小娘ならとんでもない事をしでかすと分かっている
「せっかくだから龍に乗って空を観覧しよう!」
小娘が小さな足でしっかりと地面を踏み締めて堂々と仁王立ちして宣言しました。
聞くだに危険な暇潰しを思い付いた小娘に灯理が頭を抱えています。
「龍に乗れるの? すごい!」
不安そうな彼とは正反対に、嵐は伝説でしか聞いた事ない存在に目を輝かせています。
そんな彼女の様子に小娘がむかつくくらいのどや顔を見せています。殴りたいですね、灯理頼めませんか。
「気軽に最上位存在への反逆をさせようとすんな」
残念、灯理に即座に断られてしまいました。でも彼女を危険から退けるのにはいい案だと思うのですが。
「よし、みんなで行こう」
「お前、店番とかいう発想はないのか」
カフェとして営業している自覚を全く持たずに遊びに行って店を空にしようとする小娘に、真面目な灯理が呆れています。
それに神御祖神に灯理、嵐、
恐らくは第一層に配置しているという龍の事を言っているのでしょうが、神そのものではなく神の眷属として用意されているものです。神ではない分、その知性は自己に捉われているので横暴である可能性も否定出来ません。
「店番とか気にしなくていいよ。誰か来たらすぐ分かるしすぐ戻って来れるもん」
まぁ、見た目も中身も小娘であっても神御祖神ですし、ここのダンジョンマスターでもあるのですから、その辺りの不都合は何もないでしょう。実際にこれまでも来訪者は入って来る前に把握していましたし、あちこちに転移をしたりもしましたし。
誰かが残る問題がないと理解した冷茶比女は、もう一つの問題をクリアする為に嵐の前へと足を運びました。
「お姉様、手をこう、出してもらえますか?」
「め?」
冷茶比女が物を受け取るかのように掌を見せると、嵐は斗和羅神を灯理に託してから言われた通りに掌を返します。
すると澪穂解冷茶比女の体がしゅるりと解けて消えて、嵐の掌に彼女の神体である腕時計がちょこんと乗りました。
「冷茶ちゃんが消えた!?」
『消えていません。神体に化身を納めただけです』
冷茶比女は応えますが、声帯を持たない腕時計である彼女の声は嵐には届いていません。
嵐は慌てふためいて周りに確認する為に懸命に首を振り乱しています。
「嵐、落ち着け。澪はその時計が元から本体だ」
「め……めゅ?」
灯理に窘められて嵐は首が取れそうな動きを止めて、きょとんと掌に乗った澪穂解冷茶比女の神体を見詰めます。
「これが冷茶ちゃん?」
『お姉様が身に着けて頂ければ、私も一緒にいることが出来ます』
冷茶比女ときたら、とても健気です。とても何処かの小娘から産み出された神霊だとは思えません。
灯理が神御祖神をちらりと見ましたが、何も言わずに嵐へ通訳をしました。
「嵐がその時計着けてくれれば、澪も一緒に龍に乗れるってさ。……いや、龍に乗るのは決定したのか?」
「もちろん」
灯理が自分の発言に待ったを掛けますが、神御祖神は力強く押し切ってきます。
嵐も乗り気ですし、もう灯理に抵抗出来る予知はありませんね。可哀想に。
灯理が肩を落としている間に、神御祖神は皆を連れて、人の手付かずのままに自然が遷移してきた日本を再現した第一層へと移動しました。
「さて、じゃあ龍を探さないとね」
「は?」
高台に立って手庇で遠くを眺める神御祖神の発言に灯理が目を見開きます。
ええ、わたしも同じ気持ちです。貴女だったらそれこそ龍の背中に直接転移して乗る事だって出来るのではないですか。
「え、それじゃおもしろくないじゃん。探検、探検」
何が探検ですか、その気になればこの層どころかダンジョン全体を一度に把握出来る癖して。
なんだったらわたしが案内して差し上げます。そこから東に向かって進んだ先に見える山に向かってください。
「みゃーーー! ちょっと! そんなことされたら探す楽しみがなくなるでしょうーがー!」
何が探す楽しみですか。そんな無駄な苦労に付き合わされる灯理の身にもなりなさい。
「マジでな。なんの用意もなしで天空を飛ぶとかいうだけでもしんどいのに、日本全土使った龍探しとか勘弁してくれ」
「え? 高高度の寒さも風も空気の薄さもわたしが防御するから平気だよ?」
「物理的なしんどさじゃなくて精神的なしんどさだっての。てか、安全が確保されてないんだったら嵐を乗せるか」
灯理も安全面は心配していないくらいには神御祖神を信用していたのですね。まぁ、人を危険に遭わせるような神ではありませんからね。
「距離もあるし、直で向かって歩くだけでも暇潰しにはなるだろ」
灯理もこれ以上の面倒は御免だとばかりに投げやりです。
そして灯理が腕を振るうと
灯理は人を導く神であるので、目指す先の龍が何処にいるのかは分からなくても、そこへ辿り着くような道筋は把握出来ます。
でも小娘はこれではわたしに先導されるのと同じだと分かっているので、眉をへにゃんと下げています。
「えー……楽しめるところは楽しもうよー」
小娘は不満たらたらですが、灯理は手に持ったままだったあざらしのぬいぐるみをその頭に乗せて黙殺しました。
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