その小娘は退屈で機嫌を悪くしていますが、世界を書き換えるのは許しません

 灯理とうりの身の安全と世界の安全が微妙に危うくなっている今日この頃です。

「俺の身の上と世界が並べんなよ」

 折角心配してあげているのに辛辣ですね。男の子のプライドでしょうか。

「男の子呼ばわりされる年でもないんだよな……」

 灯理もらんも二十代前半の身体をしていますからそう言いたくもなるでしょうが、わたしからすれば人類全体が幼子のようなものです。

「すごい、天真璽加賀美あめのましるしのかがみが神様っぽいこと言ってる」

 神様っぽいではなく神様です。しかも貴女もそうでしょうが、この小娘。

 そんな小娘の頭に嵐があざらしのぬいぐるみを、もふんと乗せます。

 神御祖神かみみおやかみは頭に乗っかって来た大した事ない重みとこの上ない柔らかさに上目遣いになります。

結女ゆめちゃん、結女ちゃん、トカラちゃんでふわふわして遊ぶのはどう?」

「きゃっ」

 嵐の言葉に応えたのかどうか、海真秀呂支斗和羅神わたなまぼろしとからのかみが一鳴きすると、エントランスにいた全員の体が海が迫ったかのように浮かび上がりました。

 神御祖神はその浮力で傾いた事で頭から滑り落ちてきた斗和羅神を両手で挟むように掴んでもふもふと潰します。

「別に空中浮遊なんてわたしには珍しくもないんだけど、まぁ、いいわ」

 かつては宇宙に漂って何億年と過ごしていましたからね、わたし達は。

 その間にも神御祖神は星同士を潰したり圧縮してブラックホールを作ったり、気紛れで生命を作って放置したり、滅亡の機械神を返り討ちにしたり……思い返してもそんな昔からとんでもない事ばっかりやらかしていますね、この小娘。少しは成長とかしないのでしょうか。

「す、少なくとも最後は向こうが吹っ掛けてきたから対処しただけだし……」

「その前の三つは否定しないんだな」

 宙に浮いているのが慣れないのか、灯理のツッコミも柔らかくなってしまっています。

 神御祖神は手の中で斗和羅神をくるくる回して手慰みにしていました。

 嵐は空気を掻き分けて灯理の側まで泳いできて、ぴたりと身を擦り寄せます。本当に仲が良い恋人同士です。

「ふふ、地面と違って自由がきかないから灯理さんも簡単には逃げられないね」

「お前、結女の暇潰しじゃなくて自分の欲望が目的かよ」

 前言撤回。積極的な彼女に苦労性な彼氏はドン引きしていました。

 それでも嵐を振り解けない辺り、灯理も惚れた弱みというものでしょうか。

「なんだかわたし達、お邪魔虫っぽい?」

 神御祖神があざらしのぬいぐるみにそんな事を話し掛けています。この小娘にも読める空気があっただなんて驚きです。

 澪穂解冷茶比女みをほどくひさひめなんてさっきから瞼を閉じてお人形のように存在感を失くしているくらいです。

「嵐、そういうのはせめて部屋でな」

「めぇー。そんな事言って、夜も全然構ってくれないんだもん」

 灯理は顔を近付けて来る嵐から顔を背けます。

 わたしの目を気にしているようですが、別に公開なんてしませんってば。

「見られている時点で問題なんだよ。早く外に住む場所が欲しい……」

 総司達の来訪に間が空いているのも、灯理が依頼した住居の手配も理由として上がっていそうですね。

 ただ建物を見繕うだけでなく、戸籍やら住所やらと付随する行政手続きも済ませてくるでしょうし。

 親がないところにポンと生み出された存在が人間社会で暮らしていくというのは面倒が掛かるものです。

「どうせならそこら辺の情報も書き換えてくれればいいものを」

 灯理が小娘に恨みがましい目を向けます。

 ですが、その小娘はあっけらかんと肩を竦めるばかりです。

「わたしは神霊生み出す神ですし、情報関係は天真璽加賀美の担当よ」

 神御祖神の言葉に連られて天井に目を向けます。何処を向いてもわたしと視線が外れる事はないのでまるで意味はないのですが、人間の体に慣れた灯理の癖なのでしょう。

 というか、そこの小娘、さらっとわたしを巻き込むのではありません。

「なぁ、結女の教育で苦労している分の報酬くらい貰ってもいいんじゃないか?」

 灯理らしくない浅慮な我儘は可愛らしく思えなくもありませんが、人の存在を世界に認知させる程の情報操作はどんな風に現実を歪めるか分かりませんよ。

 下手をすると、現代日本で神霊が街を闊歩するのは常識、という事態に成り兼ねません。

「くそ……なんて世の中だ……」

 なんだか落ち込む灯理が哀れに思えてきましたが、良く良く考えるとその動機は彼女といちゃつきたいって事なのですよね。

「俺がしたいみたいに言うな! 迫ってくるのはこのバカ娘だ!」

 灯理が嵐の頭をむんずと掴んでぐりぐりと撫で回して元凶だと示してきます。

 乱暴な手付きなのですが、嵐の方はそれも嬉しそうににこにこ笑っているのですから、なんというか、強い娘ですね。

 嵐の首が赤べこみたいにぐらぐら動いていますが、これもスキンシップの範疇に収めていいのでしょうか。

「待って。神霊が街にいるのも当たり前の世界ってわたし得過ぎない?」

 言っておきますが、小娘の欲望を満たすような形で権能を使うつもりはありません。灯理も諦めてください。

「……そうだな。自分の我が儘の為に世界を混沌にする訳にはいかないな」

 灯理ならすぐ分かってくれると理解していましたよ。何処かの小娘とは大違いです。

「まるでわたしが聞き分けないみたいな言い方して!」

 貴女の聞き分けが良かった瞬間がコンマ三桁秒でもありましたか。

「千分の一秒単位で否定されるのはそれはそれで悲しいんだけど」

 反証があれば撤回しないでもありませんが、ないものは出せないでしょう。

「ちくしょー!」

 小娘が腹いせにあざらしのぬいぐるみを目一杯引き伸ばします。

 海真秀呂支斗和羅神が可哀想なのでお止めなさい。無機物神で痛覚がないからと言って、身が裂けてしまうのは痛ましいです。

「結女ちゃん、トカラちゃんにも優しくしてあげないと、めっ、だよ」

「むぅぅぅ」

 嵐からも叱られて小娘に残された不満の示し方は無様に唸る事だけでした。

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