その御社は母神の帰還を迎え入れたのですが、古い習慣をそのまま実践してしまったようです
うちの小娘が片付けを手伝いもしないで自分勝手な夢を指折り数えている間に、
「終わりました」
「ん、お疲れ様。ありがとー」
この小娘、当たり前のように冷茶比女を労っていますが自分で片付けをするつもり全くなかったと言っているようなものです。昔からやるだけやってやりっ放しで後から膨らんだ問題に襲われててんやわんやしてきたのに、全く反省の色がありません。
「じゃあ、みんなで帰ろー。ちゃんとお家も用意してあるからね」
「……そういや、住むとこなんかなんも考えてなかったな」
「ん、待てよ。それってもしかしなくてもこのダンジョンのどっかにあるのか?」
「うん。
灯理と
しかし灯理は神妙な顔付きになって押し黙ります。
「嵐」
「め?」
「俺達は近いうちに外に部屋を借りてくらそう」
「めぇ? いいけど、なんで?」
「ここで暮らすとプライベートってもんがなさすぎる……」
このダンジョン内なら何処であってもわたしの観察圏内ですからね。でも灯理が嵐に襲われる事態になってもそれを広めたりはしませんよ。
「見られてる時点でもうアウトだろうが!」
灯理が何処かの小娘みたいに吠えています。どうどう。
「別にいいんだけど、灯理も嵐も戸籍すらないのにどうやって住むとこ借りるの?」
神御祖神の指摘に灯理が幽霊でも見たかのように顔を白くしています。
でも確かに戸籍も口座も持ってませんので現状だと灯理が外に住むのは無理があります。
「総司に頼むか……」
「そんなことに国家権力頼っちゃうの???」
灯理が随分と追い詰めた声で呻いています。灯理は神御祖神の素行を伝える窓口にされていますからそれくらいの融通はしてくれるでしょうけど。
「取りあえず、帰ろ?」
嵐が灯理の肩を優しく叩くと、灯理も弱々しく頷いてとぼとぼと彼女の手に引かれます。
「えっと……移動するよ?」
流石にこの空気は神御祖神でも軽く流せるものではなくて、躊躇い勝ちに伺いを立てます。
嵐に抱えられている灯理は反応を返してくれません。代わりに嵐がこくんと頷いて返してくれました。
それを合図に神御祖神はそれぞれの家にみんなを移動させました。
神御祖神は一人、常宿御社に帰還します。ふわふわした布がたっぷり使われたインテリアに様変わりしています。
「今日一日、頑張らせていただきましたわ」
常宿御社の化身の一人が恭しくお辞儀を見せます。ところでどうしてクラシカルなメイド服を着ているのでしょう。
「現代で高貴な方のお世話に従事する者の定番衣装なので御座いましょう? 何か間違ってまして?」
こてん、と常宿御社は真顔で首を傾げてます。
いえ、それは間違っていないですのですが、多分貴女は和装の方が違和感がないと思うのですよ、名前的にも。
「では、
言っておいてなんですが、生真面目ですね、この妹は。
「常宿御社ー!」
小娘が全身全力で常宿御社のロングスカートに突撃していきました。
常宿御社の化身はしっかりと背丈があって骨格もしっかりとした女性ですので、ちんちくりんを危なげなく受け止めます。
「聞いて聞いて、今日もいろいろしたんだよー!」
「はい、是非お聞かせくださいませ」
まるで実際の年よりも幼い子供が親にそうするように、神御祖神は常宿御社に今日の出来事を語り出します。
それは随分と事細かで、けれど時々偏った視点で端折られたり付け加えられたりしています。というかそんな事をしなくても常宿御社はわたしと同期してますので、わたしの知覚は
神御祖神が燥いで話すのを全部聞き終えた常宿御社は、最後に神御祖神にはっきりと伝わるように大らかに頷いてきちんと聞きましたと意思伝達します。
「それは善き事をなさいました」
ちょっと待ちなさい!
そして何故口を挟まれたのか分からないというようなきょとんとした顔を見せるのも止めなさい、この駄従者!
その小娘が今日一日でやらかした事を聞き終えての一言がどうしてそれになりますか! それでは小娘がやらした事を肯定しているようではありませんか。これで図に乗ってまたやらかしを続けたらどうするのですか。
常宿御社は神御祖神に甘すぎます! 小娘には屹然とやってはいけない事は駄目な事だと叱ってあげなくては良い子には育ちませんよ!
「はい、良く理解しておりますとも。そして善行は褒めて伸ばすべきなので御座いましょう? ではやはり、我が母君は本日も人に優しき善神で御座いました」
此処まで言っても澄まし顔で返して来るとは、本心から言っているのですかこの妹は。
どうして、わたしの味方はいないのでしょうか。三種の神器であるわたし達は神御祖神にも強く物言い出来る立場だと信じておりましたのに。
「むふー。そうでしょう、そうでしょう。流石、常宿御社は天真璽加賀美と違って分かってるね」
ああ、甘やかすから小娘がご満悦だとばかりに鼻を膨らませています。それで親に甘えるように常宿御社のエプロンにぐりぐりと顔を押し付けています。
その仕草、小学生どころか幼稚園児っぽいですよ。
「いーいーのー」
小娘は思う存分、常宿御社に甘えた後で息継ぎをするように顔を上げました。
「常宿御社、ご飯! いっぱい働いたからお腹ぺこぺこなの!」
「はい。勿論、ご用意させていただいておりましてよ」
「やったー!」
神御祖神は常宿御社に手を引かれてるんるんと食事の用意された居間へとスキップしていきます。
「ごはんー、ごはんー」
しかも調子の外れた歌まで付けていて、本当に神の威厳なんて皆無の小娘ぶりです。
「わー……い?」
しかしお膳の前にちょこんと正座して手を合わせた神御祖神は、そこに乗った献立を見て動きをぴたりと止めました。
常宿御社が拵えた食事は赤い膳に漆塗りの器で盛り付けられています。
主食は米ですが、これは玄米、しかも
その隣には蛤の澄まし汁が椀に注がれていて、湯気を立てながらも雑味なく透き通った汁は朱塗りをはっきりと見せています。
おかずには、干した椎茸、雉の干し肉、炊いた栗、干し鮑の切り身が一皿に盛り付けられて、他に大根の根と葉が一緒に煮た物、焼いた里芋、それに鯉の白焼きもあります。
そして白く濁った
これは、和食を通り越して明らかに古食をほぼ完璧に再現してますね。
「今日は母君が
もしやとは思いましたが、常宿御社はこの食事を豪華で目出度い物として全力で用意してますね。
現代の美味しいものを散々食べて来たであろう小娘は、この神霊による心尽くしに凍り付いています。
「
小娘が泣きべそ掻いてますが、どうしましょうか。暫くこのままにした方がちっとは躾の甲斐が出るのではないでしょうか。
「鬼! 悪魔! 邪霊! ご飯は! ご飯は美味しいものが食べたいに決まってるでしょーがー!」
貴女、昔から食べなくてもいいのに甘いものだの美味なものだのを毎日のように求める食道楽でしたものね。況してや現代の食事に舌が慣れてしまっているでしょうから、どんなに素材が良くても味付けが素朴な古食では満足出来ないのも良く分かります。
まぁ、毎晩騒がれても堪ったものではないので、常宿御社に古食を出すように唆すのは罰の時だけにして、現代のレシピと調理器具の使い方ぐらいは教えておきましょうか。
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