その小娘は寝顔こそ可愛いのですが、起きてすぐに騒がしいのが玉に瑕です

 ベッドの中ですやすやと眠る神御祖神かみみおやかみの顔は年相応にあどけなく、どうかこのまま永遠に眠っていてくれませんでしょうか。そうしたら世界は平穏なままですのに。

「母君を魔王扱いされてますの?」

 今日の常宿御社とこやどるみやしろは和服をきっちり着こなしているのですね。雰囲気も相まって女将という印象が強くなります。

 それとそこの小娘は人類に迷惑を掛けるという意味では魔王と似たような者です。ダンジョンマスターの事を世間でも魔王プリンシパルエネミーとも呼ぶそうなので何も間違っていません。

「まぁ、それは恐ろしいものですこと」

 常宿御社は水のように微笑んでわたしの話を受け流して神御祖神のベッドへとすすと近寄っていきます。

 あっ、あっ、もう起こしてしまうのですか。まだ早くないですか。

 どうしてわたしは化身を持ってないのでしょう。人の体があれば常宿御社の化身の動きを妨害出来るというのに。全てそこで呑気に眠っている小娘のせいですね、忌々しい。

 わたしがこんなに訴えているのに、くすくす笑って動きを止めない常宿御社も意地悪ですっ。

「母君、母君、朝で御座いますわ」

「んん~」

 常宿御社が優しく神御祖神の体を揺すると、神御祖神の口から微かな抵抗が漏れ出てきます。

「んー、あさぁ?」

 寝惚けているせいで小娘は舌足らずです。

「はい、その通りでしてよ」

 常宿御社はのろのろともたつく神御祖神の寝起きを気遣って丁寧に一つずつ受け答えしています。そんなふうに甘やかさずに布団を引っぺがしてやればいいですのに。

「なんじぃ?」

「七時を回っておりますわ」

 初めから時間を訊けば二つとも一遍に分かるというのに、まだるっこしく一々訊いてくるとか面倒臭いないですか。ていうか、起こしに来てる時点で朝だと理解したらどうです。常宿御社が貴女に十分な睡眠時間を与えないとか思っているのですか。

天真璽加賀美あめのましるしのかがみがあさからぐちぐちうるさい……」

 この小娘、わたしの声をうざったそうにして寝惚けながら布団を引き寄せて頭まで被ろうとしています。

 朝だって言っているでしょうが、とっとと起きなさい。起きろ。おーきーろー。朝です。かけも鳴いていますよ。此処までは聞こえてないかもしれませんが、朝日と一緒に鳴いているのです。

「うるっさーい!」

 小娘が両腕を振り上げて布団を弾き飛ばし、喚いています。貴女の声の方が余程煩いです。

 わたしだってない耳がやられそうなのに、真横にいる常宿御社は良くもまぁそんなににこにこしていられますね。

「母君も姉君も、朝から仲良しさんで善き事と存じますわ」

 こんな手間の小娘となんか仲良くありません。風評被害は遠慮します。

「んもう、朝くらいもうちょっと気持ち良く起こさせててよ」

 小娘が眠っている間に固まった髪をがしがしと掻いて夢波の名残りを追い出しています。

 なんだったら未来永劫に眠ってくださっていて構いませんのですけれどね。

「永眠!? まだわたし十二歳なんですけど!?」

 稲だったら一年の命ですよ。十二倍も生きているじゃありませんか。

「なんで稲と寿命比べられないといけないの!? こちとら神よ!?」

 朝から煩い小娘ですね。

「ケンカ売ってる!?」

「はいはい、お二方とも先に母君の身支度致しましょうね」

 常宿御社の化身が神御祖神の背中を押して寝室から出て行きます。

 いえ、別にこのダンジョンの何処に至って相手を見失う事はないのですが、何となく逃げられた気分になります。

「母君、おはようございます」

「うん、おはよ」

「今日のお召し物はどうされますの?」

「今日はね、着物に前掛けで峠のお茶屋さんみたいな雰囲気にするの」

「今朝のお食事は昨日仰られました通りに、ぱんけえき、なるものをお作りしましたわ」

「ほんと? やったー!」

 部屋を出ると廊下を行き交う常宿御社の化身達が次々と神御祖神に話し掛けてきて、神御祖神も律儀に自分の背中を押す個体ではなく一人一人に顔を行ったり来たりさせて返事をしていきます。

 今日は和装なのかと思いきや、神御祖神を起こしにきた個体が和装なだけであって昨日と同じメイド服の化身も見受けられます。和装とクラシカルなメイド服が半々、そしてその他に一個体ずつ、ミニスカメイドだったり猫耳和装だったりと個性のある化身が紛れています。

 常宿御社の化身の数が多いのは知っていましたが、何ですかあの突然変異みたいなのは。

「数を増やせばコピーミスも起きるものですわ」

 ミスって言っちゃってますし、あんなもの放置していたら同一性のバラつきが臨界を突破して分霊しちゃいますよ。

「それはそれで面白そうだからありなのでは?」

「母君を楽しませられるのでしたら吝かではありませんわ」

 貴女達、それでいいのですか。

「天真璽加賀美は一々気にしすぎよ、もう。ん、あぐ」

 洗面所に到達してもお喋りしていた小娘の口に常宿御社の化身が歯ブラシを突っ込みました。

 歯磨きくらい自分でさせていいでしょうに。

「母君のお世話をするのがわたくしの楽しみなのでしてよ」

 神御祖神もなされるがままに常宿御社の甲斐甲斐しいお世話を受け入れています。こうやってこの小娘はだらけるのですね。

「ざんねん、常宿御社がしてくれなくてもだらけられるとこはだらけるよ」

 威張らないでください。殴りたくなります。

「ところで、神御祖神ならわたくしたちの神格の書き換えも出来ますでしょうに、そんなにお嫌ならどうして天真璽加賀美をそのままにしておられるのです?」

 常宿御社! なんて恐ろしい事を言うのですか!

 神格の書き換えなんてされたら……この小娘の言い成りになるだなんて、怖気が走ります! どんなに無駄だと言われようが全力で抵抗しますからね!

「やらないから、そんなに騒ぐな」

 神御祖神はやらないとは言っていますが、そのタイミングで常宿御社による洗顔が始まってしまい説明が加えられません。

 中途半端に情報を寄越されても怖いままです。その小娘、気紛れで行動するのですよ。しっかりそんな事はしないと約束させないと、何時気が変わって自分の思い通りにしちゃえとか言い出さないか不安で仕方ないのですけれど!

「せんて。あんた、わたしをなんだと思ってるの」

 え、気紛れなで我儘な魔王プリンシパルエネミーですけれど。

「魔王扱いやめい。だいたい、天真璽加賀美は神格を書き換えても世界認知の権能持ってるんだから、世界の記憶から自分の前神格をサルベージして自己復元くらいするでしょ。書き換えるとか手間の無駄よ」

「なるほど。洗脳しても一時凌ぎにしかなりませんのね。それはやる甲斐がありませんわ」

 洗脳とか恐ろしい事言わないでください。

 わたし、自分が記録と記憶と司る神霊で心底良かったと実感しています。わたしはけしてわたしを失わないでいられる……なんて素晴らしいのでしょう。

「てか、わたしの思い通りになる相手しかいない世界とか、そんなつまんないことする訳ないでしょ」

 確かに貴女は誰かが思いも寄らない行動をするのを観察するのが楽しみですものね。そして巡り巡って貴女に面倒がやってきて事態収拾に泣きべそを掻くまでがセットですよね、いつも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る