殺し屋だったとかそういうの関係なく、元カノと会うのってめっちゃ緊張する

 高校時代によく通っていたカフェがある。

 そこは僕の居た高校から徒歩五分も掛からない場所にあり、特に仕事がない日なんかは決まって顔を出していた。

 今は隣に居ない、そしてこれから会いに行くと一緒に……。


「気が重い……」


 経年劣化により所々欠けたレンガ造りの壁に、年季を感じさせる木製の扉。

 何一つ変わらない半年ぶりに訪れるその姿を前に、僕は深いため息を吐いてしまう。

 ここで立ち止まっていても他の人に迷惑なので、仕方なくドアノブを捻りゆっくり足を進めると、ベルの音と共にこの店の従業員の少女が僕を出迎えてくれた。


「いらっしゃいませー……おっ! 暁先輩じゃないですか⁉」

「久し振り、ふうちゃん。深海みうのヤツって、もう来てる?」

「ええ、先に席に着いてますよ」


 トレンチを片手にこの店の制服である白のシャツと黒いスカートを身に纏ったハーフツインの少女、風ちゃん。

 僕と深海の一コ下の後輩である彼女は、笑顔でそう告げるなり僕をその席へ案内しようとする。

 彼女の背中を追うように僕も件のテーブルへと向かうと、そこには既に一人の女性がメニューを拡げていた。


 ベージュカラーのタートルネックに、黒のワイドパンツ。今は10月中旬と肌寒い時期なので、傍にはサメのストラップの付いたバッグと一緒にここに来るまで羽織っていたと思われるコートが綺麗に畳まれて置かれていた。

 服だけは昔からちゃんと整頓出来たんだよな。何でだろ?


「遅い」


 開口一番にまさかの文句。いや、時間より遅れて来たんだから、言われても当然か。

 静かな殺気を宿した瞳が言葉と共にナイフの如く僕の体を突き立ててくる。


「たった五分だろう?」

「五分でも遅刻は遅刻よ。というか、女性を待たせる時点でもうアウトなのよ。こういうのは男性が先に待ち合わせ場所に来て、遅れてやってくる女性に『全然待ってないよ』と言ってあげるのが筋なんじゃないの?」

「でも呼び寄せたのはキミだ。呼んだ人間が呼ばれた人間より後にやってくるのは些か礼儀がなっていないと思わないかい?」

「……確かに」

「だろう? 僕はキミにそんな無礼者になって欲しくない。だからこうしてわざわざ時間をずらし、キミより後にやってくる事でキミの株が下がるのを防いでやっているのさ」

「つまり、遅れてやって来たのは私の為を思っての行動だと?」

「そゆこと」


 最初の鋭い視線が段々と穏やかなものへ変わっていった。

 どうやら上手く言いくるめれたようだ。

 ちなみに遅刻したのは腰が重かったとか、支度に時間が掛かったからとかではない。

 つい半日前にガチの死闘を繰り広げた間柄なのだ。

 何か罠があるのでは。そう警戒した僕は、集合時間の一時間前から建物の陰で待機し、彼女が入店するのを確認した後に何か不穏な動きをしないかじっくり監視する予定だった。

 まあ、一分経過する毎に彼女の機嫌が悪くなり、外からでも殺気を感じるようになったところで流石に入店せざるを得なくなったが。

 とにかく、僕は決して深海と顔を合わせたくなかったとか、一緒に居るのが気不味くて遅れた訳ではないのだ。


「まさかアナタの気遣いだったとはね。ごめんなさい、責めるような事を言ってしまって……」

「うむ、分かればよろしい」


 頭を下げる深海に、僕は偉ぶって返した。

 隣からの視線が痛い。

 風ちゃん、そのゴミを見るような目を向けるのヤメテ。


 向かいの席に座り、僕は深海と一緒に適当に注文を済ませる。

 商品が提供されるまで約十分。何か世間話でもしようかと、僕は必死に話題を考えるが……。


「それじゃ、早速本題に入りましょうか」


 どうやら、そんな猶予もないみたいだ。


「アナタ、一体いつから殺し屋をやってたの?」


 単刀直入な深海からの問い。

 当然来るとは分かっていたが、いざ質問されると言葉に詰まるものがある。


「……中学に入る前」

「もっと具体的に」


 なんか尋問を受けてるみたいだな……。


「小6の3月」

「そう。ちなみに私は小6の2月よ。これが何を意味するか、分かる?」

「さあ?」


 僕が首を傾げると、深海は肘を机に立てて両手を組み合わせながら、とても真剣な顔付きでこちらを睨み。


「私の方が一ヶ月先輩だという事。今日から私と話す際は敬語を忘れないようにね」

「いやする訳ないだろう。何で今更キミに敬語なんか使わなきゃいけないんだ」


 実にくだらなかった。

 最悪戦闘になるかと思い、身構えていたこっちが馬鹿みたいだ。


「変に気にして損したよ。いや、キミがちっとも変ってなくて安心したと言うべきか……。部屋も相変わらず汚いままだったし」

「私が汚した訳じゃないわよ。気付かぬ内に部屋が勝手に汚れていったの」

「部屋が汚い奴は皆そう言うんだよ」

「不思議な話ね。せっかく引っ越したばかりなのに……」

「そういえば、資料にもそんな事書いてあったな。今の部屋に住んでちょうど半月って。しかも頻繁に住居を変えてるみたいじゃないか」

「こんな仕事だもの。同じ所にいつまでも居座っていたら襲撃を受ける危険性もある。それを防ぐ為に、こうして色んな所を転々と」

「嘘だな。それが本当なら中学時代から引っ越しを繰り返していても不思議じゃないが、僕が定期的に掃除しに来てた頃は一度も引っ越しなんてしてなかったろう。大方ゴミを捨てずに過ごし続け、生活に支障をきたすようになったタイミングで引っ越しをしてるんじゃないのか?」

「フッ、流石八雲くんね」

「何年一緒に居たと思ってるんだ。これくらい気付くに決まってる」


 もっとも、深海が殺し屋だった事には、ちっとも気付けなかった訳だが。


「言っておくけど、アナタにも責任があるんだからね。アナタが私の部屋を掃除しに来なくなったから、こうして引っ越しを繰り返す羽目になってる訳で」

「よし、今すぐ辞書で『理不尽』という意味を調べてくるんだ」


 相変わらずの深海の様子に当てられてか、僕もいつの間にか自然体で話すようになっていた。

 そういえば、こんなふうに深海と遣り取りを交わすのも久し振りだな……。


「お待たせいたしました〜!」


 懐かしむのも束の間、ホールから風ちゃんがトレンチを持って再び僕達のもとに現れた。

 目の前に並べられるコーヒーとサンドイッチ。風ちゃんが去り、僕は早速それを一つ取ろうとした矢先、


「さて、それじゃあ本題に入りましょうか」

「あれ? さっきも同じような事言ってなかった?」


 深海の言葉で僕の手は止まった。というか、止められてしまった。

 なんだよもう、こっちは朝から何も食べてないんだから自由にさせてくれよ。


「八雲くん、アナタが私を襲ってきたのって、私を暗殺する依頼が入ってきたからって事で間違いないかしら?」

「まあね。ってか、同業者同士で殺し合う理由なんて、それくらいだろう?」


 深海の質問に対し僕は真っ直ぐに返す。

 どうせ誤魔化したところで意味は無いと分かっているからだ。

 その返答を聞いて、深海は「そう……」と一拍置いた後。


「実はね、私のところにも依頼が入っていたのよ」


 その鋭い双眸で僕の顔を見詰め、


「勿論依頼内容は暗殺。そしてターゲットは殺し屋『紅月レッドライト』……」


 淡々と、僕と同じく何一つ誤魔化す素振りすら見せず、


「そう、アナタよ。八雲くん」


 淡々と、そう告げてきた。

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暗殺のターゲットが元カノ(元カレ)だった 海山蒼介 @hanakaruta

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