第11話 勘違い……?

「そうじゃ、好苦!」


 パンを堪能した後、流離王は重要なことを思い出して手を叩いた。好苦はパンを咥えながら、目をぱちくりとさせた。


「あの娘。相田栞あいだしおりと言ったか。彼奴、只者ではないぞ」

「今朝、王がお話されていた女ですか。の親友のようでしたが、警戒するような者ではありませんよ」

「甘いぞ、好苦! ヤツはお前の正体を知っておったぞ!」


 流離王が、ビシッと指を指して言った。爆弾発言に、好苦の顔色が変わる。勢いよく席を立つと、流離王の傍らに腰を落とした。


「ヤツは何と?」


 真剣な眼差しで問うてくる好苦を見つめ返すと、流離王は口を開いた。


「彼奴は……、お前のことを、『コクった』と申したのだ!」

「へっ?」


 素っ頓狂な声を出す好苦。誰が見ても、完全に警戒を解いた態度だが、流離王は気づかずに続ける。


「つまりヤツは、お前の前世を知っておるということなのじゃ!」

「あ、あの、王?」

「それだけはないぞ。彼奴は、教師のことを魔王の末裔と申したのじゃ!!」

「ブフォッッ……」


 ――決壊。好苦は盛大に吹き出した。直前で、流離王から全力で顔を背けたのは、さすが臣下と言うべきか。しかし、王は大真面目だ。真剣に話していたのに笑われては、怒り心頭になるに決まっている。


「何を笑っておる!!」


 流離王は、顔を真っ赤にしながら好苦の髪を掴んだ。見上げてくる端正な顔には、まだ笑みが残されている。随分と余裕そうだ。流離王は悔しくてたまらなくなった。少女の体の無力さに震えていると、好苦が柔和な笑みを浮かべてきた。


「そんな顔をなさらないでください。大丈夫です。やはり、あの女は警戒するに値しません。説明致しますので、お手を離していただけますか?」

「駄目じゃ。わしのことを笑った罰じゃ。このまま申せ」

「……かしこまりました」


 好苦は苦笑いすると、相田栞の発言の意図を説明し始めた。

 まず、「コクった」という言葉は、好苦を示すものではなく、己の慕う相手に好意を伝える意味だということ。故に、相田栞は自分たちのことなど毛ほども知らないということ。そして、教師が魔王の末裔という言葉は、適当なことを言っただけということ。何故なら、日本において、魔王だとか鬼だとかいう概念は、非現実的なものとされているから。

 説明を聞き終えた流離王は、呆気に取られて椅子にすとんと落ちた。深刻に考えていたのが、あまりにも馬鹿らしいことだった。そう思うと、消えたくなるくらい恥ずかしくなってきた。


「……済まぬ」


 真っ赤になった顔を覆い、蚊の鳴くような声で謝罪する流離王。


「良いのです。王は、この世界にいらして間もないのですから。少しずつ、覚えていきましょう」


 そっと肩に触れた温もりに、じんわりと心が温まっていくのを感じる。好苦の方を見ようとして、顔を覆った手をどかそうとした、その時。


 ――キーンコーンカーンコーン……。


 水を差すように、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。5分後には授業が始まるので、急いで教室に戻らなければならない。


「では、また放課後。教室にお迎えに参ります」

「じゃから! お前と一緒にいたら奇異の目で見られるじゃろうが! 道はもう覚えた、わし1人で十分じゃ!」


 勢いに任せて叫ぶと、流離王は教室を飛び出した。後ろには目もくれず、ずんずんと廊下を進んでいく。初めて行く教室からの道だったが、湖中瑠璃の習慣のおかげで、戻ることは簡単だった。

 曲がり角に差し掛かり、最短を行こうとする流離王の前に、ぬぅっと大きな人影が現れる。突然のことに避けることができず、流離王は後ろに転んでしまう。


「オマエ、大丈夫アルか?」


 見上げると、温和な顔つきをした、ふくよかな男子生徒が見下ろしていた。


「うむ。大丈夫じゃ。ありがとう」


 差し出された丸い手を取り、立ち上がる。


「そろそろ5限目が始まるアル。次は家庭科室アルよ。早めに行くヨロシね」

「あい分かった。感謝するぞ、でかいの」


 男子生徒の助言に感謝し、急いで自分の教室へと戻る。扉を開けると、皆すでに家庭科室へ行っており、教室はもぬけの殻だった。


「そういやあのでかいの……。変な喋り方じゃったな」


 特に深く考えず、目当ての教科書を探し当てると、流離王は家庭科室へと急いだ。



 ◇ ◇ ◇



「っっはぁ~~。何と可愛らしいのでしょう。たかだか小娘1匹の言葉に、あれほどまでに動揺してしまうとは――」


 流離王のいなくなった、小さな教室。好苦は、恍惚とため息をつきながら、王への愛を吐露した。


「――さて」


 急激に表情を冷たくすると、一直線に掃除用具入れへ向かう。そして、勢いよく戸を開けた。


「ひぃっ!?」


 中には、栞が入っていた。2人の後をつけ、身を隠して会話を盗み聞きしていたのだ。


「いつ引きずり出そうかと思っていたが……。お前なんぞに王との時間に水を差されたくなかったのでな。薄汚い場所に身体を挟んでまで、盗み聞きをしようとは。腐った根性しているな、お前」

「こっわぁ……。いつもの甘いマスクはどうしたんですか?」

「黙れ」


 冷たく吐き捨てると、好苦は栞の耳元に唇を寄せた。囁かれた言葉に、栞の顔がさーっと青ざめていく。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ! もうしません、もうしませんからあああああ!!」


 酷く怯えながら、一目散に逃げていく栞。それを一瞥すると、好苦はにやりと口角をあげた。


「誰にも邪魔はさせない――」


 邪悪な呟きは、誰にも聞かれることなく消えていった。


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