第10話 お昼ごはん

「昼食をとりましょう。ここであれば、そう目立ちはしないでしょう」


 連れられたのは、縦長の小さな教室。少人数の勉学の為に使うのだろうか。それくらい、他の教室と比べて狭かった。


「お掛けになって、お待ちください。私は、昼食を買って参ります」

「好苦──」


 呼び止めようとするも、好苦はすぐに扉を閉めて行ってしまった。流離王は、狭い教室にぽつんと取り残されてしまった。


「物の売買について知りたかったが……、やむを得まい。共に行動することを拒絶したのはわしの方じゃしな。後日、改めて聞くとするか」


 ぷらぷらと足を遊ばせながら、少し寂しげに呟く。暇をもて余し、流離王は教室の中を見渡し始めた。狭い教室だが、さまざまな物品が置かれている。

 窓際には、生き物のような謎の物体が。

 扉付近には、形容しがたい黒い何かが、複数個置かれている。


(見たことのないやつばかりじゃ。早速好苦に質問じゃ──ん?)


 何気なく、机の中に手を突っ込んで、何かがしまってあることに気づいた。疑問に思って、それを取り出してみる。その全容を見て、流離王は顔を真っ赤にした。


「なんっじゃこりゃあああ!?」


 机の中にあったのは、卑猥な本だった。表紙に描かれた裸の女は、かなり精巧で、刺激が強い。流離王は、思わず本を放り投げてしまった。


「……」


 その数秒後、ふつふつと好奇心が沸き起こる。床に投げてしまったことを、後悔し始めた。やはり、性的なものに反応してしまうのは、男の性と言うべきか。……体は少女だが。

 流離王は、ごくりと唾を飲み込んだ。きょろきょろと辺りを見渡すと、本に手を伸ばす。


「王。ただいま戻りました」

「あぎゃあああ!?」


 ノックの後、聞こえてきた好苦の声に、盛大に驚く流離王。仰天するあまり、椅子から飛び上がり、床に雪崩れ込んでしまった。ガタッ、ドターン! と、激しい衝突音が鳴った。


「王!? ……っ今、助力に参ります!」

「待て、違う! 大したことではない!」


 静止も虚しく、好苦は教室に入ってきた。そして、床に転がった本を手に取ると、端正な顔を嫌悪に歪めた。


「アイツら……。1度注意したのに、またやったな。生徒会長に言って、廃部にさせてやる」


 恐ろしい声色で呟いて、好苦は本をゴミ箱に投げ入れた。未だかつてないくらいの怒りっぷりだった。思わず警戒する流離王。いつでも逃げられるように身構える。好苦は、苦虫を噛み潰したような顔で振り返ると、盛大に土下座をかましてきた。


「っっっ申し訳ございません!! 王の目に、不埒な輩の気色悪い趣味を入れてしまうとは……! この好苦、一生の恥で」

「わしの真似をせんでも良い! 立て、好苦!」


 流離王は、好苦の腕をぐいっと引っ張り、立つように促した。すると、顔を上げた好苦と目が合った。鋭い視線に、心臓がどきりと跳ねる。


「……何故、頬を赤らめているのですか?」

「え?」


 見つめ合ったまま、無言の時間が流れる。気まずさに、流離王が何か言葉を発しようとした、その時だった。

 ──ぐうぅぅ~~。流離王の腹の虫が、盛大に鳴った。ほんのり赤かった顔が、さらに真っ赤になる。

 好苦が、目をぱちくりとさせた。恥ずかしさに顔を俯かせ、ぷるぷると震える流離王。視界の外で、ぷっと吹き出す音が聞こえた。


「申し訳ありません、私としたことが……。空腹ですよね。お食事といたしましょう」


 先ほどと同じ謝罪の言葉だったが、声が笑いに震えていた。なんだか、小馬鹿にされた気分だ。流離王は、ぐっと拳を握りしめると、好苦の頭にパンチを食らわすのだった。



 ◇ ◇ ◇



「うまぁあ~~♡」


 目をキラキラとさせながら、自分がかぶりついた食べ物を見つめる。柔らかくて、しっとりとしていて、とろけるように甘い。湖中の家で食べたものとは、まるで違っている。流離王は、「これは何だ」と訴えるように、食べ物と好苦を交互に見つめた。


「それは、パンという種類に分類される食べ物です。小麦粉やライ麦粉といった穀物粉に水、酵母、塩などを加えて作った生地を発酵により膨張させた後、焼く事でできあがる膨化食品で、世界の広い地域で主食となっております(wikipediaカンニング)」

「よく分からんが、あむっ。こぇが、もぐもぐ、世界的な主食となっておるのか! はむっ……。ふははひいひんははは(素晴らしい進化じゃな)!」

「食べるか話すか、どちらかにしましょう。口にものを入れたまま話すのは、行儀がよろしくありません」

「ふふ(食う)!」


 元気よく返事した後、流離王は夢中でパンを頬張った。そんな王の姿を、好苦は微笑ましく眺めるのだった。














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