第3話 好苦お前……?

 無茶苦茶な世界に振り回され、疲れきっていた。そんな流離王の前に、颯爽と現れた好苦。改めて、彼の頼もしさに心打たれる。


「好苦──」

「キャー! 幸樹こうきくんよー!」


 流離王の言葉は、女子の黄色い声に掻き消される。何事と周囲を見渡すと、多くの女子が、好苦に憧れの眼差しを向けていた。


「成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗の完璧超人! 3年1組の佐々木幸樹ささきこうき先輩! はぁ~、今日もカッコイイ♡」

「優しげな垂れ目が良いよね~。微笑みかけられたら、溶けちゃいそう♡」

「身長高~い、足長~い♡」


 女子たちが、口々に好苦――もとい幸樹? への称賛を並べ立てる。あまりの人気ぶりに、流離王はあっけらかんと臣下を見上げた。祭り上げられている本人は、笑みを浮かべてはいたが、明らかに嫌そうな様子だ。……口元が、引きつっている。


「ひとまず、人気のない場所へ移動しましょう」

「お、おう……」


 好苦に手を引かれ、人だかりを離れていく。

 彼の力の強さに、流離王は驚いた。王であり、男であった時は、味わうはずもなかった感覚。改めて、少女になってしまったことを実感する。


「……」


 感動の再会を果たしたというのに、すごく気まずい。お互いに無言のまま、人気のない場所へと足を進めるのだった。


 ◇


「好苦。訊きたいことが山ほどあるんじゃが」


 いくつかの小屋が連なる、謎の空間。少々臭いが、人目を忍ぶことができるなら、何てことはない。

 小屋にもたれかかり、流離王は疲れた目で好苦を見た。好苦は、「心中お察しします」と言わんばかりに、眉尻を下げた。


「……どうやら、我々は死した後、この世界へと飛ばされたようです」

「それは分かっておる! わしが訊いておるのは、何故このような世界におるのかということじゃ!」


 今までの心労をぶちまけるように、流離王は怒鳴った。好苦は、流れるような動作で、その場に片膝をついた。


「申し訳ありません。それは、私にも分からないのです。神々の悪戯、というよりありません」


 流離王は、ギリリと歯を噛みしめた。此処が王宮ならば、彼女は迷わず好苦の首を斬り落とさせたことだろう。しかし今は、丸腰な上に非力。怒りを晴らす手段がない。


「……良い。立て、好苦」


 激情は、無力さと時間が解決した。いくばくか冷静さを取り戻した流離王は、短く命令する。好苦は、ゆっくりと立ち上がった。


「――王よ」


 少しの沈黙の後、好苦が口を開いた。


「私は、あなた様よりも長く、この世界におります。ゆえに、この世界を生き抜く知恵がございます」


 ――キーンコーンカーンコーン……。


 どこかで、不思議な鐘の音が鳴る。すると、好苦は悔しそうに唇を噛みしめた。


「残念です。時間が来てしまいました」

「時間? 何の話じゃ?」


 首を傾げる流離王。好苦が、勢いよく跪いた。


「大変申し訳ありません! これより先、私は王と行動を共にできなくなります!」

「……っ!? な、何故じゃ……」


 流離王は、絶望に打ちひしがれた。やっとの思いでにたどり着き、臣下との再会を果たしたというのに。また、1人で、危険が跋扈する混沌世界に放り投げられるというのか――。

 今にも灰になりそうな流離王。好苦は、たまらずその手をぎゅっと掴んだ。


「な、……!?」

「行動を共にすることはできませんが、せめて、最低限のことを助言致します。これより先、私めの申します通りの立ち振る舞いを、よろしくお願い致します」


 ――顔が近い。臣下に、勝手に体を触られた。あり得るはずのない現実に、思考停止しそうになる。だが、今考えることを放棄したら、今度こそ死ぬ。目を白黒とさせながらも、流離王は、必死に好苦の説明に耳を傾けた。


 ◇ 


「ええと……1年2組、1年2組……」


 好苦と別れ、流離王は、教えられた場所へと向かっていた。その場所は、「1年2組」という標識があるのが特徴で、名称は「クラス」または「教室」というらしい。


「それにしても、静かすぎんか。構造もどこか気持ち悪い。まるで、閉じ込められているような気分じゃ」


 流離王の周りには、誰もいない。外にいた時は、大勢の人がいたというのに。時おり、扉を隔てた向こう側から声が聞こえるが、何となく「入ってはいけない」という感じがする。

 それに、何故か息苦しい。外観の割に、内部が小さいせいだろうか。とはいえ、天井はある程度の高さがあるし、決して狭いとは言えない空間なのだが――。言いようのない閉塞感が、流離王を苛んだ。


『まず知って頂きたいのは、この場所――いえ、この世界は、絶対的な安全を誇っております。故に、敵襲や暗殺などは起こり得ません。どうぞ、警戒を解いてください』


 好苦の言葉を思い返す。強調された、――果たして、本当にそうなのだろうか。不安を抱きながら、流離王は廊下を歩いた。


「1年1組……、1年2組。あれじゃな」


 目的地にたどり着き、扉の前に立つ。

 王位を引き継いだ時を、はるかに上回る緊張が走る。

 息を吸って、吐いて。もう1度、深呼吸をして。

 意を決すると、流離王は扉を開いた。


「遅刻したのに、前から入って来るとは。言い度胸だな、湖中こなか


「教室」に入るや否や、長髪を高く結った女に、厳しい顔で咎められた。その後、室内からどっと笑いが起きる。


「相変わらずだな~!」

「今日は何やらかしたんだ!?」


 馬鹿にされているのは、すぐに分かった。

 流離王の頭に、忌々しい記憶が蘇る。複数人のシャカ族に押さえつけられ、穢れた出生を暴露された、屈辱の記憶が――。

 身体を震わせ、拳を握りしめる。好苦の助言など、遠い彼方に消えていった。


「わしを……っ」

「え、わしぃ!?」


 入り口の近くにいた男子が、おちょくるように言う。直後、彼の顔面に強烈な拳がお見舞いされた。


「わしを愚弄するな、下衆どもがぁあああああああああああ!!」


 流離王の学校生活は、開始早々にぶっ壊れた。










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