第1話 fresh "mate-rial flow" ③

「皆さん、はじめまして! 当スキンプラントの工場長をしている透見川うおせ農定ときさだです」


 水鈴みすずの父は自己紹介する。

 少しはにかみながら、しかし堂々と学生たちの前に立つ父の姿に、水鈴みすずはしずかにほこらしい気持ちを覚えたことだろう。

 水鈴みすずの気持ちを後押しするように、右分けソフムから手拍子てびょうし、学生から拍手はくしゅ水鈴みすずの父に送られる。


「ありがとうございます。今日は皆さんにスキンプラントの色んなラインを観て行ってもらうんですが、その前に少し学び直しをしてもらいたいなっと思います」


 透見川うおせ農定ときさだはそう述べると、隣に座る第一世代スキンに合図をする。

 農定ときさだが目線を移したその、工場第二食堂の小さなスクリーンにうつし出された映像。


 企業の学生向けプレゼンに特有な、見せる気のない作りをしたそれを一目見ると、農定ときさだ露骨ろこつに目線を学生たちへと戻してしまう。


「えー、そもそも『スキン』とは何か? それはかつて人間にんげんと呼ばれたモノです。僕も、みなさん昔は人間でした。しかし今日こんにち地球人命保護機関連合ジポレンでは『連続性のある電子データ』こそ人間であると定義ていぎされます。


 それは、うらかえせば人間たるデータの入っていない『スキン』は人間ではなく、正真しょうしん正銘しょうめいただのモノに過ぎなくなるということですよ」


 透見川うおせ農定ときさだは立ち上がると、となりすわる第一世代スキンをただの肉にした。


「いいですか。今ここにあるのは、ただの第一世代スキンです。僕の友だちの七ヶ谷ひちがや翔太郎くんではありません! では彼は、一体どこに行ってしまったのでしょう? 死んだと思う人!」


 農定ときさだが手を上げる。空気を読んで何人かが手を上げる。

 右分けソフムも続くように挙手。

 水鈴みすずは周囲を観察したあと、自信満々たる表情で、両手を自分のひざの上に置いた。


「はい、正解は『死んでいません』!」


 農定ときさだの声に続いて「はーい!」と元気のいい声が、後方から上がる。

 よくあるお約束だった。

 食堂端にある清掃用ロッカーから、第一世代スキンが飛び出す。


 すかさず農定ときさだ音頭おんどを取った。「拍手!」いっせいに学生たちが拍手をする。


「このようにですね、予期せぬ事故や病気にあってしまっても、替えのスキンがあれば問題ありません。皆さんの永世安心な生活を支えているのが、スキンを作るこの工場スキンプラントなのです」


 肉をどけて、元の席にもどった七ヶ谷ひちがや氏はスクリーンの資料を次のものに移した。

 次はスキンの用途別種類に関するもののようだが、退屈なので割愛かつあいしよう。


 最後に、講座のかなめとして農定ときさだが用意していた部分については、次のとおりだ。

「スキンの作成は、ほとんど機械化された今日においてはそれほどむずかしいものではありません。

 『スキンルーツ』の体細胞クローンであるスキンは、細胞核からレシピエント人工らん、子宮に羊水、そしてこれを取り上げる労働用スキンまでも、あらゆるものがスキンルーツから生み出されているのです(※労働用スキンは専用のスキンルーツから作られる)。

 つまり、スキンルーツがみなさんの大元おーもとのお母さんということになるでしょう」


 そしてスクリーンの表示がぱっと消え、いつの間にか暗幕にさえぎられていた室内が、外の明かりを吸い込んでいっせいに学生たちの目の前をらした。


「次は、そのお母さんからがうまれてくる過程を見に行きたいと思います!」


 農定ときさだ威勢いせいのいい声に案内され、一同は席を立ち廊下ろうかに出る。

 愛玩用スキンの生産ラインへ向かうのだ。


 ラインは第二食堂とは別棟べつむねにあり、上下階段の移動も含め、徒歩約6分。

 二棟とはいえ、単一たんいつの施設でこれだけの移動をようするというのに、透見川うおせ農定ときさだのスキンプラントはあくまでも地方都市の一工場に過ぎないというのだから驚きである。


 他方、学生たちは別のことに夢中だった。


「ねぇねぇ、労働用スキンってこんなにいるんだね!」


「ほんとだっ! 虫みたいで気持ちわりぃ」


 工場内の区画間移動のために渡された架橋。

 その下――各製造ラインでは、おびただしい数の労働用スキンたちがうごめいていた。

 それらは工具に計器、ハンドリフトや台車、それ以外の何かしらについてせわしなく動き続ける。

 学生たちの日常にそのような光景があるはずはないし、あってはならない。だからこそ皆が一様いちように、目をかがやかせてその現場を楽しんでいるのだろう。


「ここを下ると、『Dセクション』に着きますよ」


 農定ときさだは架橋からおりて、一列を先導する。

 通路の横断時には、指差喚呼しさかんこくびり確認。学生も大げさに猿まねをしてみる。


 Dセクション経膣分娩ラインへ到着した。

 作業機械の前へ、いっせいに学生たちが殺到さっとうする。

 「おぉー!」や「すげー!」の感想にもならない声を上げ、皆が目をビー玉のようにして見つめている。


 水鈴みすずの目の前を同じように、コンベヤに乗せられた人工子宮のカプセルが規則正しく流れていく。

 銀色のベルトにつながれた半透明のガラス状の物体と、その中を満たしたとろりとした液体。


 これが子宮? この中にいる、くしゃくしゃの肉の塊が赤ちゃん? 水鈴みすずの思考はそんなところだった。

 水鈴みすずはそれにれたい気持ちをどうにかおさえる。


水鈴みすず、どうだ、はじめて見る工場は」


 いきなり私的に話しかけてくる工場長。


「なんか、おもしろいね……」


 水鈴みすずは声のほうに向きなおると、ほっとした声でそう返した。

 農定ときさだがそれを聞いてどんな顔になったのかは言うまでもないだろう。


 ぼうっとして、水鈴みすずの注意がライン内へ移ると、帽子ぼうしを深くかぶった労働用スキンが何かの作業をしていた――



 大きな機械に人工子宮のカプセルを固定し、横のレバーを引く。

 ビーッとけたたましい音が鳴るやいなや、カプセルの下部からくいのようなものがげられ、人工子宮の最下部をつらぬいた。


 ブシャッという水音の後、人工羊水がバシャバシャとじょうごに流れ出し、しだいにしぼんでいくカプセル。


 くいやぶられた口がさらにけると、ついに中身が顔を出して、れそぼった生臭そうな全身が羊水と一緒のじょうごの上にコロンと落ちる。

 大きなそらまめの形をしたものを、労働用スキンが拾い上げ、カゴに移す。

 労働用スキンはじゃくによく似た器具を、カゴの中のものに巻きついたひもへあてがうと、重々おもおもしく機器のスイッチを入れた。

 キュイイイィン、パチン! 


 痛々いたいたしい機械音の後に、それとはちがう何か甲高かんだかい音が混じってきた。


 ところが、あいにく水鈴みすずにとってこの甲高い音は、工場内の他の耳障みみざわりな音とそう変わりないものとして脳内処理されていた。



「……あれが出産しゅっさんなんだ」

 

 カゴに入って、人工子宮のコンベヤの隣のレーンから流れて来た赤子は、何が不満なのかオギャアオギャアと不快な鳴き声を上げている。

 水鈴みすずはしばらくそのようすにわれを忘れて耽溺たんできした。


 次の赤子、そのまた次の赤子が入ったカゴが順々に現れてはとおくに消えていく。

 あれがいずれは次の水鈴りっぱなスキンになると思うと、非常にわくわくしてきた。

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