第1話 fresh "mate-rial flow" ④

「はー、おもしろかったね!」


 工場見学の休憩時間。水鈴みすずは友だちと先ほどの感想やら益体やくたいもないシャレやらで談笑しながら、昼食をとる。

 学生たちに貸し切られた第二食堂で、そういえば、はたらいていた労働用スキンたちはどこで昼食をとっているのだろう、と誰かが少しだけ疑問に思った。


「今日のお弁当、お母さんがミートボール入れてくれたの! チーズもインなんだよ?」


 一方、水鈴みすずはまた惣菜そうざいのことで自慢をしていた。

 ところが、水鈴みすずのまわりを囲んだ同級生たちは大げさにミートボールのことを褒めそやしてくれた。いや水鈴みすずのことを、だろうか。どちらでもいい。

 水鈴うれうれしがった。


 すると水鈴みすずの正面の子がふわりと言う。


って、透見川うおせさん、フレッシュミート好きすぎじゃない?」


 その言葉のもとで、水鈴みすずはミートボールを見る。我慢がまんしている。

 はさの一方で突き刺し、もう一方ではさんで持ち上げたミートボールを見る。我慢している。

 水鈴みすずの小さな口でかぶりついた後の断面ミートボールを見る。まだ我慢している。

 白いチーズが中からこぼれ出てくる。肉に混じったぷりぷりの白い軟骨なんこつが、白いチーズのそばで露出ろしゅつしている。まだ我慢する。


「うん……」


「しずりちゃんさ、もう加工場でフレッシュミートになってたりしないかな?」


 右隣の子がさえずるように言った。

 水鈴みすずはミートボールを見つめるために、ぴたっと止まる。もう我慢できそうにない。


「そんなわけないじゃんっ!」


 水鈴みすずはミートボールを頬張った。

 あふれ出した唾液だえきと肉汁を歯の琺瑯質ほうろうしつぜ合わせ、そのジビエ的なうまみとあじうすいチーズがかなでる珠玉しゅぎょくとはほど遠いハーモニーを心ゆくまで堪能たんのうしたことだろう。


「きっと何にもならないよ。それよりさ、次しずりん来るときっ――」


「こら、食べながら話さないの!」


 友だちにとがめられ、水鈴みすずはいそいでミートボールを飲み込んでしまった。


「次ね、しずりん来たら、どんなかな? よちよち赤ちゃんで来るのかなぁ?」


 水鈴みすずが夢見がちに言ったことを、同級生たちは一笑いっしょうする。


「わたし、赤ちゃんなんて見たことないよ。経年何年くらいで歩くんだっけ?」


「さあ? それより――」


「ごめん! わたし、トイレ!」


 元気よく尿意にょういを告白して、第二食堂の外に駆け出した水鈴みすず


 後ろから「外出て右にまっすぐだよー」と友だちが声で知らせてくれる。

 水鈴みすずはそれを聞いて、第二食堂のぶ厚い戸を開扉かいひして外に出るとまっすぐに歩いてから右に曲がった。


 するとするどい声が聞こえてくる。


「どこ見て歩いてんだよ! オマエ!」


 水鈴みすずは自分が言われたものと感じて、かたをフックにかけられたような感じを覚える。


 幸いなことに、そのケンカ腰の剣幕が向かう先にいたのは水鈴みすずではなく、まぎれもない1体の労働用スキンだった。

 それを含んで、廊下に影は4つ。


 ツーブロックのととのった髪型で、立ち姿がよく、片肘かたひじを押さえている愛玩用スキン。

 そしてツーブロの周りに二人、見るからに金魚きんぎょふんめいた情けない顔つきの愛玩用スキンがついている。


 金魚の糞の一本がけて二本になったのか、糞にふしがあったのかは知れないが、ふたとおりいることに変わりはない。

 二人は情けない顔つきと四本の腕で、労働用スキンの身体を押さえつけていた。


「おい、お前がよそ見してたせいで、儀式ぎしきさんがけがしちゃっただろ」


 二人のひとりがガラガラと吐き捨てる。先ほどの怒声どせいぬしはこの愛玩用スキンのようだ。


 廊下のかべぞいには、ロックのかかっていない台車が停められて――いや、投げ出されていると言うのがふさわしいかもしれない。

 廊下の奥から第二食堂側に向かう力と、不可抗力ふかこうりょくがぶつかって投げ出されたとしたとき、確かに右の言い分の通りのことが起こったのだろう。


 ところがツーブロックの髪の愛玩用スキンは突然、口をすすぐような上品さでこう述べたのだ。


「いいんだ、二人とも。ぼくも不注意だった。そのひとばかりを責めることはできない」


 その言葉を聞いて、二人は労働用スキンを掴まえる四本の腕をゆるめる。


「ああ。工場長にも責任を取って、このスキンを廃棄はいきしてもらえばいいさ」


 深い呼吸。

 その後、ツーブロックの髪の愛玩用スキンは、紺色こんいろぼうの労働用スキンの前に立ちはだかる。

 当面の労働用スキンは、急にひどくあせったようすでうめき声を上げる。


「あぁ、そっ、それだけは……」


「使い捨ての道具のくせに、ぼくのけがを気遣きづかおうとも思わないのか。本当にクズだな」


 含み笑いをする誰か。それにつられて誰かもす。

 そういうところに、重大な足音が近づいてくる。



っ!」


 叫び声がした。第二食堂と反対側の廊下の奥。

 走って来る。

 はげ上がった頭。

 第一世代ではない。

 紺色こんいろの作業服。

 労働用スキンか。鈍色にびいろれるナンバープレートでP794を目で追い切れない。


 水鈴みすずが気づいたころにはもう、駆けてきた労働用スキンとツーブロックの愛玩用スキンが取っ組み合いの状態になっていた。


 輪郭りんかくせんなどないのに混ざり合わない二つの肌色はだいろ

 肉体労働に特化した道具と、教養・贅沢をゆるされた文化的一般市民のどちらが強いのかなど、考える必要があるだろうか? こういうときの強いという言葉にまさる人権的表現は他にない。


「はなせよっ、おい!」


 ツーブロックの愛玩用スキンがさけぶ。

 服につかみかかる労働用スキンの手からのがれようとするが、それは服が労働用スキンのほうへのがれようとするばかり。

 ツーブロックの愛玩用スキンはひっしな形相ぎょうそうで続けざまにえたてた。


「なんとか言えよ! 考える頭も人権もないくせに、何怒ってんだよ? お前どうせ掃除そうじだろ。さっさとそこのロクでなしをかたして、こっから去れ! そしたら楽に死なせて――」


 「死なせて」から先の言葉を、廊下ろうかにいた誰も聞くことはできなかった。

 ソプラノリコーダーですら頭を取ってもビュルルと鳴るというのに。

 通りすがりの労働用スキンに頭をもがれ肉塊にくかいとなった愛玩用スキンは、楽器にもならない。

 何かしらの研究に役立つかもしれないからと、水鈴みすずの脳のセル・アセンブリは自律じりつ的に活発な記銘きめいをはじめた。


「ああ……なんてことだ、僕の工場で『バグ』が、あぁ、出るなんて……」


 どれくらいかの時間が経ち、水鈴みすずたちのいた現場にやって来た農定ときさだはか細い悲鳴を上げたのち、石像のようになりしばらく動けなくなってしまった。


 廊下で頭をひっくり返し、一面いちめんに血をぶちまけて死んだ愛玩用スキンのその後を思うと、同級生たちはいたたまれない思いになったという。


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