第1話 fresh "mate-rial flow" ②

 パルテノン神殿にかぶれたようなバタくさい外観の建物を、日本では学園がくえんと呼ぶ。

 水鈴みすずは学園に着くと、他に寄り道をするところもないのかまっすぐに自分の属する学級まで行く。

 学級の前につくなり出入口をからからと開く水鈴みすず。あいにく誰からも注目を向けられることはない。


「おはよう!」


 むしろ水鈴みすずから、学級内にいた誰かしらへ寄って行く。

 そうして同級生にあいさつをかけると、いつもとろみのついた酸味が水鈴みすずの口の中いっぱいに広がった。

 透見川うおせ水鈴みすずがクラスでそれほど存在感のある学生ではないためだ。

 水鈴みすずはあいさつをした同級生たちの横を通過する。

 同級生たちは、もっぱら遺伝子不良の話でがっているという。

 スキンに遺伝子不良はつきものなのだから、そういった問題をことさらに議論するのは時間のムダである。


「ってか、スキンプラント、最近エラー多いって聞いたけど」


「それ! ビギナークラスのセンパイも言ってたわ。皮膚ひふ硬化こうかで返品したいって言ったら、発性のものだから補償ほしょうしないって突っぱねられたんだって。他に何人もいるのに!」


「うっそ! 皮膚硬化とか、ウチ心臓病よりムリなんだけど!」


 時間のムダ話に、その日はどうしてか水鈴みすずは聞き耳をたてて、一人いきどおっていた。

「(何それ、硬化こうかなんてただの気にしすぎじゃん! どうせペンだこか何かのくせに)」

 そうは思っても、同級生に文句をつけることは水鈴みすずの立場上できない。

 しずりがいれば、こんな嫌な思いをせずに済んだのだろうに。


「ごきげんよう! 学生諸君しょくん


 始業の時間となり、えらぶりたがりのあの声がしてくる。

 幼稚ようちな声と白衣はくいのずる音。

 担任教諭の右分けソフム型スキンは、花道を行くように堂々と教壇に向かって歩いていく。

 途中、水鈴みすずの横の席があいているところを右分けソフムが見つける。


「あれれ、日月しずみくんは欠席かね?」


 右分けソフムにたずねられた水鈴みすずは顔を上げ、「はい、実は……」と先の事故の顛末てんまつを説明した。


「へー! まあ、でもしずり、今日の遠足サボりたいって言ってたしいいんじゃね!」


 それを聞いていた、水鈴みすずと席の近い学生が、小ばかにして水鈴みすずを茶化した。

 茶化した学生の周囲いくつかの席でふっとふくみ笑いが起こる。

 すると右分けソフムはおこり出し、「あのですね!」と声をあらげた。


「本日のプログラムは、社会科見学なのだよ! 断じて遠足ではない。企業さんの業務を邪魔してこちらが一方的に学ばせてもらおうと言うのに、遊び半分で来られては困るのだよ!」


 ソフム型という生き物は、120センチにも満たないその身体にメガホンでも内蔵ないぞうしているのだろうか。

 正論とばかでかい音量に、学生たちはすっかり圧倒されてしまう。


「そうかい。日月しずみくんのご家族には、この後わたくしが説明しておくよ。ありがとう」


 右分けソフムは水鈴みすずに気さくな返事をすると、何事もなかったように教壇きょうだんへ向かう。

 学園の巨大なガラスが、教室のすみずみまでに日光を行きわたらせる。

 誰かがカーテンで日光をさえぎる。一人がやると二人、三人とカーテンを締めだす。

 あまり遮光性のないカーテンであるからか、光の波はぼんやりとするばかりで変わらずまばゆい。

 日の白い光をあびてより一層いっそう白くなる、右分けソフムの髪の毛が、空調の風にあおられふわふわとおどっていた。


「改めて、ごきげんよう諸君。本日のカリキュラムは、一限で見学準備、二から四限で丘の上のスキンプラントへ社会科見学、そして帰還後の五限は資料作成となっている。先も言ったように、くれぐれも気を抜かぬようにね」


 右分けソフムのあいさつが終わると、はじめの合図もなく、学生たちは前の週から準備をしてきた社会科見学のしおりを各班で見直す作業にうつる。

 工場の順路、目的、そして講義のあとの質問タイムについてを改めて綿密にスケジューリングしていく。

 ふと、水鈴みすずと同じ班の子が、水鈴みすずにたずねてくれる。


透見川うおせさん、良かったね。お父さんと会えて」


「うん! 今日の講義もお父さんがやってくれるんだよ。楽しみにしててね!」


 水鈴みすずは、笑いながら答える。そのときの顔は、花が咲いたと言うにふさわしい満面の笑顔だったという。


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