Mルート:金髪の少年の戦い

第12話 異なる選択肢へ

 白い霧に包まれた空間。ミストリアスへのエントランスにて。

 実体を持たない僕は、同じく実体を持たない管理者・ミストリアとの、二度めのを果たしていた。


「ようこそ、ミストリアンクエストの世界へ。私はジィエム・ミストリア。――この世界では、あなたは何にでもなれる」


 前回に訪れた時と変わらず、ミストリアからは同じ文言が発せられる。続いて諸注意と名前の登録へ進む前に、僕は「いくつか質問をしても良いか」とたずねてみた。



「申請は許可されました。ただし開示可能な情報には制限があり、ここでの会話内容は記録および送信されます」


「ありがとう。それじゃあ……」


 何者かに見張られている、ということか。


 僕は手始めに、ミストリアスとは〝ゲームの世界〟なのかといてみた。

 ついでに、GMとは〝ゲームマスター〟のことなのか? とも。


「植民世界ミストリアスは、偉大なる神々によってそうせいされました。GMとはグラウンド・マネージャ。神々によって、この大地の管理を任された存在です」


「植民世界? つまりゲームでは、ない?」


「ある目的の達成のため、偉大なる神々によって創造された〝実世界〟です。娯楽的な仮想空間ではありません」


 薄々と――いや、すでに確信していたが。

 やはりミストリアスは〝本物の世界〟だったようだ。


 それならば、なぜ僕はこうして、現実と異世界を行き来できているのだろうか。



「その〝偉大なる神々〟っていうのは、〝かいそうせいかんざいだん〟のこと?」


「肯定します。しかし当財団に関する、それ以上の質問は許可されません」


 財団の目的はわからないが、ミストリア自身も答えを知らされていないのだろう。僕も統一政府に使い潰される身として、どこかに親近感を覚えた。


 僕は質問を終え、新しいアバターの登録へと移る。


 ◇ ◇ ◇


「名前は……。うーん、やっぱり〝アインス〟で。――ごめん、また質問なんだけど……同じアバターなら前回のアインスに引き継げる、なんてことは?」


そんIDアイデンティティへの上書きは不可能です。すでにアバターの所有権は放棄され、一個体としての人格アイデンティティを獲得しています。また、平行世界ワールドの指定も不可能です」


「そっか。――わかった、ありがとう」


 すでに取扱説明書マニュアルで確認はしていたが。エレナと過ごしたアインスのからだに戻ることは、やはり不可能なようだ。


 それに自分から誕生した存在とはいえ――すでにアインスは、一人の人間として幸せな生活を送っているのだ。僕の身勝手で、それを奪ってしまうのも忍びない。


 僕は同じ名前を再登録し、再び白い空間を真っ直ぐに進む。

 アインス。お試しで付けた名だったけれど、すっかり愛着が湧いてしまった。



 ◇ ◇ ◇



 登録を終え、真っ白な空間を抜けると――。

 徐々に肉体の感覚が戻ってきた。


 同時に感じる、有機的な〝自然〟のにおい。

 密閉された地下空間とは比べものにならない、澄んだ空気。


 ああ、帰ってきた。親愛なる異世界へ。

 僕は思わず両腕を広げ、大きく深呼吸をする。


「うん? どこだろ、ここは」


 視界に入る光景は、うっそうと茂る樹々ばかり。安全だとは理解しているものの、現実あちらから来た直後は、やはり植物に対して身構えてしまう。


 取扱説明書マニュアルから地図を参照してみるが――。残念ながら、現在地の表示などはない。ポーチの中身を確認するも、いつもの着替えと二つのやくびんが入っているだけだった。


 財布の中には銀貨と数枚の銅貨が入っており、それを鏡代わりにすることで、自身の顔を視認することができた。


 どうやら今回のアインスも、前回と同じ姿をしているようだ。



「それはそうと、困ったな。とりあえず歩くしかないか」


 僕は適当に方向を決め、樹々の合間をって進む。

 魔物とう不安はあるが、すでに一応の戦い方は知っている。


 ◇ ◇ ◇


 ――しかし、そんな心配をよそに。


 僕は魔物と遭遇することもなく。

 無事に、林の中から抜け出すことができた。


 そして幸運にも。目の前に、あの懐かしい農園の風景が見えている。


「やった! 帰ってきた! エレナ……!」


 僕は喜びのあまり、へ向かってしっそうする。

 そして玄関扉の前へ辿たどき、狂ったように何度もドアをノックした。



「はい……? なんですか? どちらさま……?」


 警戒したような表情でドアの隙間から顔をのぞかせたのは、間違いなくのエレナだった。僕はかんきわまって強引に扉を押し開け、思わず彼女に抱きついた。


「えっ!? ちょっと! 何するんです……かっ!」


 エレナは思いきり僕を突き飛ばし、べつするような眼をこちらへ向ける。

 僕はぼうぜんとしながらも、すぐに自身のあやまちに気がついた。


 そうだ。ここは平行世界。

 ミストリアスにおいて、僕とエレナは初対面だったのだ。



「ごっ、ごめんエレナ! つい嬉しくて……。実は君と僕は夫婦で、僕らの子供も生まれていて……」


「いっ……!? いきなりなんなんですか!? それで口説いてるつもり!?」


 顔を真っ赤にしながら、僕に怒りをぶつけるエレナ。

 これじゃまるで、僕があの時の〝シルヴァン〟になったような状況だ。



「ちっ、違うんだ! エレナと出会ったこととか、ゼニスさんが亡くなったこととか……。その、色々と思い出して……」


「おじいちゃんはっ! まだまだ元気ですっ! ほんっと失礼な人っ!」


 僕の必死な弁解に、エレナはせいげ――。

 もはや家が震えんばかりの勢いで、バタリと扉を閉めてしまった。


 ◇ ◇ ◇


 やってしまった。

 これは完全に僕のミスだ。


 僕は彼女に悪いことをしてしまったという罪悪感にさいなまれながら、トボトボとアルティリアへのあぜみちを目指す。しかし、さっきのエレナの言葉、ゼニスさんが生きているとはどういうことなのだろうか?



 少し気になって、以前に開拓した農地へ足を運んでみたが――。やはり思ったとおり、そこは僕が整地を行なう前の、荒れ果てた状態のままだった。


 もしかすると時間軸だけではなく、時間そのものが巻き戻っている?


 この世界にもカレンダーや、こよみのようなものはあるのだろうか。今回はそうした部分も、しっかりと確認しておかなければならない。



 もう一度農家へ近づいてみたものの、完全に不審者だと認識されてしまったらしく、窓にはカーテンがしっかりとけられていた。


 これ以上、ここで食い下がっても仕方がない。下手をするとエレナのそうじゅつで串刺しにされるか、ぼうかんとして神殿騎士を呼ばれかねない。


 僕は前回の選択肢ルートを早々にあきらめ、まずはアルティリア王都へ向かうことにした。

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