幕間:黒髪の青年の日常

第11話 絶望の世界

 ミストリアスで過ごした、夢のような時間が終わった。


 現実世界へ帰還した僕は身を起こし、脳電組織接続端子エンセフェロンアダプタからまくらがたの接続器を取り外す。現在時刻を確認すると、取扱説明書マニュアルに記載されていた通り、ぴったり八時間後となっていた。


 まさか〝三十日〟を、たったの八時間で体験できるなんて。

 やはりあの世界は、ただのゲームとは思えない。



 肉体の洗浄と栄養補給、そして老廃物の処理。

 あの世界に居る間、この全自動ベッドが僕のからだの面倒をみてくれていた。


 僕は軽く身だしなみを整え、本日の労働義務への準備をする。


 誰かのためではなく、誰のためでもない。

 この地球の支配者である〝植物〟へ対する、絶望的すぎる抵抗。


 かつての人類は過度に植物を保護し、極端な植物主義へと傾倒したのだという。奴らの吐き出す毒性の酸素が、炭素の惑星たる地球をむしばむものであるとは知らずに。


 だからといって、先人たちを責めるつもりはないけれど。〝なってしまった〟ものは仕方がない。もう僕らには、諦めて〝受け入れる〟以外の選択肢はないんだ。



 ◇ ◇ ◇



「よし、そろったな最下級クズども。速やかに作業を開始せよ」


 生命力を吸い尽くされた、硬い地中のトンネルの奥。

 作業場に着いた僕は監督官の命令に従い、いつもの掘削作業を開始する。


 装備は鋭利なスコップと使い古されたヘルメット、そして一丁の拳銃のみ。

 しかし銃があったところで、あの〝根〟相手には何の役にも立たない。


 この銃は対抗手段ではない。

 自分に。そして、同じ最下級労働者なかまに対して撃つものだ。



 一切の言葉も発することなく、僕は黙々と土を掘り進める。


 掘ったところで、植物の根が現れれば終わり。

 掘らなければ、狭い居住区を根に破壊されて終わり。


 アテもなく。希望もなく。未来もなく。

 何の活路も見出せないまま、人類ぼくらはひたすらに掘ってゆく。


 ◇ ◇ ◇


「うわっ! っ……!? 根だぁ――!」


「からだに……はいって……!? ゴボボッ!?」


 僕らの区画の隣から響く、すでに聞き慣れた悲鳴。そちらへ顔を向けてみると、二名の最下級労働者が、うねる根によってからめとられていた。


 一人は腹部に根が貫通しており、口からクネクネと動く先端が飛び出している。もう一人も触手のような根に全身をつかまれ、これからじきにされようとしていた。



《チッ。余計な養分を与えやがって。即座に最下級クズを終了し、担当区画を封鎖しろ》


《……はい》


 ヘルメットから響く指令に応じ、僕は哀れな獲物なかまに銃を構える。

 しかし僕がトリガーを引くよりも早く、別の一人が弾丸を発射した。


 銃弾によって貫かれ、犠牲者の頭から大量の赤い液体が噴き出す。同時に彼の全身に含まれていたナノマシン群が、白い霧となって周囲に拡散した。


 白い霧を浴びた直後、荒れ狂っていた植物の根は黒い石質状へと硬化する。

 そのまま黒いちりとなり、ボロボロと崩れ去ってしまった。


 僕らはそれをながめる間もなく、犠牲となった二名が掘り進めていた区画を、石とバリケードで封鎖する。そして僕らは何事もなく、掘削作業を再開させた。



 こんなことはにちじょうはん

 そして明日は我が身かもしれない。


 今回も、たまたま運が良かっただけなのだ。

 

 ◇ ◇ ◇


 その後は何事もなく作業は進み、本日の労働義務を終えることができた。僕らは一切の言葉を交わすこともなく現場から引きあげ、労働者用の食堂に入る。


 僕は配給されたプレートを手に、決められた座席へ着席する。そして監督官の号令と共に手を合わせ、いっせいに「いただきます」とえいしょうした。


 四角いプレートの上には土を固めたような茶色い固形物が四つ載せられており、それぞれにワンからフォーまでのナンバーがまれている。僕ははしを使ってそれを切り分け、ワンから順に口へ運んでゆく。


 エレナの料理とは比べものにもならない――何の味も感動もない食事を終え、僕は席を立とうとする。すると不意に、軍服を着た監督官がこちらへと近づいてきた。


「おい。なぜ撃たなかった? 反応速度の低下が原因か?」


 彼の純白の軍服には世界統一政府の紋章が記され、汚れやすなぼこりを浴びたあともない。外見は少年のようであり、ぶかかぶった軍帽の隙間からは、金色の髪がのぞいている。


「……はい」


 監督官からの質問に、僕は感情を捨て去ったような無表情のまま、簡潔に返答をする。ここでは、余計な言葉を話すことは禁じられている。政府職員への反論を行なうなど、もってのほかだ。


「ふむ。そろそろ寿命か。最期まで世界に尽くせよ。旧型ポンコツ


「はい」


 監督官は小さく鼻を鳴らし、精密な動作できびすを返す。そして一切の乱れのない足取りで、薄汚い食堂から立ち去っていった。


 寿命か。僕ら最下級労働者の寿命は、約三十年とされている。

 この世界において、すでに僕は廃棄寸前。旧型扱いされる年齢なのだ。



 ◇ ◇ ◇



 本日の義務を無事に終えた僕は地下道を進み、真っ直ぐに自室へと戻ってきた。


 部屋の明かりをともし、手順プロトコルに従って支給用端末を起動させ、政府からの命令と通達に目を通す。通達によると居住可能エリアの激減と、自殺者の激増が最重要の問題となっており、近々抜本的な対応がられるようだ。


 配給品ボックスの中にも目をるが、今日は何も届けられていなかった。 


 端末で購入品目を確認すると、注文していた品目に〝購入不許可〟の文字が大きく記載されている。僕は小さなためいきをつき、過去の購買リストをさかのぼる。


 ん……?

 これはどういうことだ?


 購買リストのうち、〝レトロゲームソフト〟という品目にも〝購入不許可〟の文言がしっかりと刻まれている。改めて保有通貨ポイントの残高を確認してみるが、消費したとの履歴はない。


 僕はベッドサイドのテーブルに置かれたままの、接続器へと視線を移す。

 あれが届けられたそうじょうには、確かに〝うさやま ろう〟と記されていた。


 それなら――あの〝ミストリアンクエスト〟は、いったい誰が……?


 僕は再度パッケージを確認しようとベッドへ近寄るが――送られてきた箱と共に、こつぜんと消失していた。


 この狭い部屋で、物がくなるなんてことはありえない。

 目覚めた時にはっただろうか? どうにも思い出すことができない。



「あっ……。ディスクは?」


 あわてて機械を手に取り、ディスクスロットを確認する。

 そして内部の輝く円盤を見て、僕はホッと胸をでおろした。


「よかった。またミストリアスあそこに行くことができる」


 あの世界のことを想像するだけで、心に生きる希望がいてくる。

 僕は再度の侵入ダイブを行なうため、頭部に接続器をセットした。

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