第10話 ハッピーエンドと叶えられた願い

 本物の青空とたいようの下で、ついに迎えた最後の日。

 僕はいつも通りに畑仕事を終えて、妻の待っている自宅へ戻る。


 今日で〝僕〟は終わってしまうけれど、アインスの日常はこれからも続いてゆくのだ。残されるエレナと子供のためにも、少しでも勤勉な行動を心がけておいた。


 ◇ ◇ ◇


「おかえり、あなた……。今日は……その……」


「ただいま、エレナ。今日も美味しそうだね」


 エレナと口づけを交わし、テーブルに用意されたそうへ目をる。いつもの野菜中心のメニューとは異なり、今日は街で仕入れた肉などを使った料理も並んでいる。


「今日で……。その、お別れなんだよね……?」


 なるべく違和感なく次の人格アインスと入れ替わってもらうために、僕は〝最後の日〟がいつなのかは知らせていなかったのだが――。やはり、彼女は気づいていたようだ。



「きっと最後じゃないさ。それに次のアインスも、必ず君を大切にする」


「うん、信じてる……。ねぇ、また会えるかな?」


「どう……なんだろ? ごめん、よくわからない」


 確か取扱説明書マニュアルによると、再度ミストリアスへ侵入ダイブしたとしても、同じからだには戻れないと記載されていた。僕から生まれ出でたこのアバターは、そのまま〝アインスという名の個人〟になるのだ。



 それに、この世界も現実世界と同様に、複数の平行世界が存在しているらしい。たとえ、もう一度ミストリアスへ来れたとしても、同じ時間軸へ侵入できるかいなかの保障はない。


 あのミストリアという管理者GMが、質問を受けつけてくれるのかは定かではないけれど。色々とたずねてみる必要はありそうだ。



 僕があごに拳を当てたまま考え込んでいると、エレナが笑顔を作りながら、明るい声で話しかけてきた。


「あっ……。ごめん、困らせちゃったね……。じゃっ、冷めないうちに食べよっか」


「……ん? ああ、そうだね。それじゃ、いただきます」


 普段通りに過ごすつもりだったのだが、どうやら不可能なようだ。


 僕はなるべくエレナの気持ちを沈めないよう、明るい話題を心がけながら。

 おそらくは最後となるであろう、エレナの手料理にしたつづみを打った。


 ◇ ◇ ◇


 食事を終えた僕らは、最後の時が訪れるまで――。

 ベッドで二人、身を寄せ合った。


 愛する人のにおいや温もり。最初はゲームだと思っていたけれど、今なら心の底から理解できる。彼女も、世界も、まぎれもない本物なのだと。


「子供が産まれたらね、お話してあげるんだ。お父さんと█ルティリアへ行ったこととか、私たちのために一生懸命働いてくれたこととか。たくさん」


 エレナと話しているなか、僕は違和感と共に、軽い頭痛と目眩めまいを感じる。


 外はもうすぐ夕暮れ。

 僕が最初にミストリアスを訪れた時刻が、すぐそこへ近づいているのだろう。


「アインス……? 大丈夫?」


「大丈夫。でも、みたいだ。――ねえ、最後は……。あの空のもとで迎えてもいいかな?」


 エレナは僕の言葉にうなずいて、二人は身だしなみを整える。

 そして玄関から外へ出た僕は青空を見上げ、大きく両手を広げた。


 ◇ ◇ ◇


 ああ、やはり美しい。

 この空も、この風も、この暖かさも、この匂いも。


 僕はこの世界ミストリアスで初めて他人を愛し、他人の死になみだした。

 そしてもうすぐ愛する人が、僕の子供を産んでくれる。



 しばらくの間、そうして空をながめていると――。

 次第に視界のすみが、白い霧のようなものにおおわれはじめた。


 この霧は異世界ここへ侵入した際に見た、あの真っ白な空間と同じ。

 いよいよ、あちらの世界へ戻される時がやってきたようだ。


「エレナ。本当にありがとう。どうか、元気で」


「うん……。あなたも……。その……、恐ろしい世界から来たみたいだから……」


「あはは、そうだね。この世界は、何もかもが素晴らしかった。――アインス。これからもエレナをよろしく頼むよ」


 白い霧が視界を包み、エレナの姿だけが視認できる。


 やがて彼女の姿も消え――。

 ついに僕の目の前は、完全に真っ白になってしまった。



 ◇ ◇ ◇



 意識が少しずつ、ゆっくりと引き上げられてゆくのを感じる。

 目覚めるぎわ。僕の脳裏に、おぼろげな映像が映しだされた。


 それは農具を手にさわやかな汗を流す、金髪の若者と――。

 誕生したばかりの赤子をいだき、優しげにほほんでいるエレナの姿だった。



 ――ああ、よかった。


 どうやらアインスは、上手くやっているようだ。

 エレナ。我が子よ。――どうか末永く幸せに。


 そして親愛なる異世界・ミストリアスよ。

 楽しい夢を、ありがとう――。




 農家ルート:継承/叶えられた願い 【終わり】

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