高品質な操り人形

第20話 理想の生き方

「晴れの日はテラス席で食事をすることにしているんですよ」


 チェック柄のネクタイをした制服の少年はレストランのテラス席から、ビルの隙間から見える空を見上げた。


 背もたれに寄りかからず、ピシッと背筋を伸ばした姿勢から大抵の人はこの少年がとても几帳面な性格だと思うだろう。


「アラビアータは好きですか?」


 少年は店員が運んできたパスタをチラリと見てそう言った。


「ええ、イタリア料理なら全般的に」


 少年とテーブル席で向かい合って座っていた顎鬚を生やした男は頷く。


「ではアラビアータの意味は知っていますか?」


「いえ、知りません」


 少年の質問に男は首を振った。


「アラビアータはイタリア語で怒りを意味するそうです。名付けられた理由は食べた人が辛さで顔を赤くしてしまう様子が怒っているようになってしまうからだとか」


 口に一口分のパスタを運び、よく噛んで飲み込むと少年は水を少し飲み話を続けた。


「人間は感情豊かな生き物ですが食べ物に感情の名前を名付けるとは面白いと思いませんか?」


「そうですね」


「感情に左右されやすい人間は流されやすい。愚かなことですがそれゆえに利用しやすいので私にとっては嬉しいことです」


「おっしゃる通りでございます」


 男は少年の言葉にさっきよりも大きく頷いた。

周りから見るとこの様子はとても奇妙であろう。

明らかに少年より年上な男がまるで自分の主人かのように敬語を話しているのだ。かといってこの二人は執事とその雇い主というわけでもない。


「貴方と出会った時も貴方は実に感情的だった。娘さんの首を見せた貴方は怒り狂っていましたからね」


 ふふっ、と少年は笑う。


 その時会話の最中だったが少年の携帯電話が鳴った。


 彼は画面に表示されている電話相手の名前をじっとみる。


「失礼」


 画面をタップし少年は通話を開始した。


「はいもしもし」


「調子はどうだ?かなり"楽しんでいる"らしいじゃないか」


 電話の向こうから聞こえる相手の声は若い男であり少し茶化すように言う。


「楽しむだなんて幼稚な表現ですね、、、。まあいいでしょう」


 少年は鼻で笑った。


「ところで何のご用です?」


「いきなりですまないのだが頼み事がある」


「ほう。それはどんなものでしょうか」


「不二華サツキという少年を殺せ」


「不二華サツキ?」


「特別犯罪討伐に属しているガキだ」


 電話の男が言ったワードを少年は聞き慣れてはいた。

 略称は特バツ。令状もなしに動くことができ、その場で殺しにも来る。もちろん未成年にも容赦はない。だが、逆に言うと特バツは警察とは違い公務執行妨害罪というのが適応されないので特バツをその場で殺して逃げることも可能なのだ。


「特バツですか。前に来た特バツも殺してきましたが大したことありませんでしたよ?」


「それは心強いな」


 少年にとって特バツは今までの経験において脅威ではなかった。


「だが油断するな、サツキはかなり手強い」


「ほう。特バツのエリートといったところですかな?」


「いやそれはない」


 電話の男は即座に否定した。


「サツキはビビリで小心者でネガティヴ思考な陰キャだ。エリートなはずがない」


「は?じゃあ何を警戒しろと?」


「やつの手強いところはその精神の弱さだ。弱さゆえに誰もが油断し舐めてかかるが戦闘経験と運動神経で右に出るものは特バツにいない」


「なるほど"弱い精神"ですか」


 少年はニヤリと笑う。

 特バツのヘタレ野郎を殺す。これはとても楽しませてもらえそうだ。


「ああ。お前に与えた力にぴったりな相手だ。お前ならサツキをあの世に葬ることができるだろう」


「任せてください。ご期待にお応えできますよ」


「サツキに関しての情報はあとで送っておく。やつの始末を頼んだぞ」


「承知いたしました」


 少年はニッコリと微笑んだ。


「さてそろそろ時間ですので失礼いたしますね」


 そう言って彼は電話を切る。


 そして目の前に座っている男に向かって「行きなさい」と一言だけ伝えた。


「はい」


 男は短く返事をすると、テーブルの下に隠していた刃渡15センチのナイフを取り出す。


 そして男は近くに座っていた女性の首を刺した。


 激しく飛び散る赤い飛沫。


 男は止まらずに次々と襲っていく。


「やはり人を操るのは実に快感なものですね」


 少年はアラビアータを口に運ぶと、叫び声と恐怖で逃げ惑う人々を見て感じる快感から満足げな笑みを浮かべた。

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