俺は秋に泣かない、君が泣かないでって言ったから

ナナシリア

俺は秋に泣かない、君が泣かないでって言ったから

『また絶対会えるから。だから、泣かないで』


 俺の中で最も古い記憶は、十二年前の秋に引っ越してしまった俺の好きだった人――一華いちかが俺に、泣かないでと言ったことだった。


 君のその言葉が俺の潜在意識とかそういったものに強く強く残っていて、俺は毎年、一華と別れた季節だからか、秋になると涙が出なくなってきた。


瑠衣るい、マジで泣かないよな」

「俺? まあ昔あったことを引きずってるんだよ。それであんまり泣けないんだ」


 俺が秋に泣くことが出来ないという重大な欠陥を抱えていることは、友達には伝えておらず、あんまり泣かないタイプだと伝えている。


 一応、泣かないタイプになったのは昔あったことのせいだとは説明している。


 もしかしたら精神障害とか心の病気の一種なのかもしれないけれど、病院に相談するつもりにはなれなかった。


 秋に限って泣くことが出来ないというだけなので、これまで不便を感じることは少なかったし、今のところは放置で問題なかった。


「ま、クールキャラ気取ってるならやめた方がいいと思うけど」

「そういうわけではないんだけど、注意はしておく」


 どんな友達と話していても、何を勉強していても、どういうふうに遊んでいても、このことを思い出すというわけではない。


 ただ、俺たちは感動ものの映画を見たところだったから、俺の泣けないという性質が思い浮かんだ。


「秋もこれで終盤だな」

「秋休みなんてないから、長期季節がある他の季節よりも長く感じるよね」


 もう十一月も中盤を過ぎていて、その気温は既に冬が始まったと錯覚するくらいに低くなっていて、ベッドから離れるのも億劫だった。


 そもそもなんで俺は学校に行かなければならないのか、別に学校に行ったところで賢くなるわけではないではないか。


 そんな細やかな反抗心が芽生えて、誰かに話したくなったが、俺の友達にそんなことを話せるような人はいない。


 一華になら話せたかもしれない。


 秋に泣けないあの感覚を久々に体験したからか、そう思った。




 秋休みという長期休みが存在しない以上、何日か休日があれど、それが終わると学校はすぐに始まる。


「今日は、季節外れだが転校生を紹介する。十二年前までここに住んでいて、親の転勤で引っ越してしまったが最終的にこの街に戻ってきたらしい」


 十二年前、と聞いて一華の姿が思い浮かんだ。心のどこかで期待の気持ちを抑えきれず、廊下に立っているらしい転校生に一華の姿を当てはめてみた。


 あれから十二年も経っているのだから曖昧になった一華の姿を、制服姿に当てはめてみようがいまいちピンとこない。


 俺が一華の何だったのか、もはやそれすらも覚えていない。


紅井あかい、入ってきてくれ」


 紅井、という苗字だけではその転校生が一華なのか、そもそも性別すらも判別がつかなかった。


「はい」


 と返事をして入ってきた転校生は、声からしても姿からしても女子生徒らしかったが、記憶の中の一華と彼女の姿が一致することはなかった。


「紅井一華です」


 一華だった。


 名前を聞いた瞬間、その容姿が、声が、懐かしい記憶のものと重ね合わせられる。


 残念なことに俺の隣に空席はなかったため、一華と隣になるということはなかったが、一華が俺のクラスに転校してきた。


 奇跡に近い再会だったが、俺の目から涙が零れ出ることはなかった。


 いつか絶対に会える、その願いが叶ったというのに、俺が泣くことはなかった。


 一華が歩く様子がスローモーションのように見られる。


 上気した顔の熱さが現実感を失わせる。


 そして一華は、俺の席の前で一瞬止まった。机の正面に貼ってある名前プレートを読んだのだろう。


「瑠衣くん」


 あの時と明らかに変わった声だったが、俺の体感では何も変わっていなかった。


「また会えたから。泣いていいんだよ」


 でも俺は秋に泣かない、君が泣かないでって言ったから。


 そう思って熱くなる目尻から涙が零れ落ちないように抑えた。

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俺は秋に泣かない、君が泣かないでって言ったから ナナシリア @nanasi20090127

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